2009年6月30日火曜日

搾取

"There is some reason to fear that the involvement of non-Western peoples in the conflicts of industrial society, long overdue in itself, will be less to the benefit of the liberated peoples than to that of rationally improved production and communications, and a modestly raised standard of living."(Theodor Adorno)

systematized horror

"The world is systematized horror, but therefore it is to do the world too much honour to think of it entirely as a system; for its unifying principle is division, and it reconciles by asserting unimpaired the irreconcilability of the general and the particular."(Theodor Adorno)

『彼岸花』

 小津安二郎1958年作品。
 小津初のカラー作品。そのせいか、あるいは何か他に背景があるのか、オールスターの競演という印象が強く、小津らしさがあまり前面に出ていない。
 しかし、彼の代表作群に比して見劣りのするこの程度の作品でも観る者の眼を釘付けにする。彼はやはり偉大である。

To hug, to kiss, to hand-shake?

To hug, to kiss, to hand-shake?
 楽しい文章だ。握手は挨拶として温かみに欠ける、というKarolinkaは日本的な挨拶の仕方をどう見るだろう。まったく言及のないところを見ると、欧米以外には彼女は関心はないようだが。
 それにしても、よそ者の視点から温かくブルガリアを視る文章を書いてくれていた彼女が近くブルガリアを去るのは残念なことである。

「あの夏、いちばん静かな海。」

 北野武1991年作品。
 ラストの部分は、何か監督がすべて放り出してしまったような印象を受ける作りで、いただけない。
 しかし、日本映画の伝統を踏まえつつもそこにまったく新しい境地を開いた、北野の才能が光る好篇だと思う。

2009年6月27日土曜日

きょうのLiaison

えな衣展

НИКОЛАЙ ГРОЗДИНСКИ

Mustafa
ブルガリア/バルカン的ユーモアに溢れた佳篇。私はこういうものが好きだ。この人のものをしばらく読んでみようかと思う。

2009年6月25日木曜日

Nietzscheのnational identity

“Even by virtue of my descent, I am granted an eye beyond all merely local, merely nationally conditioned perspectives; it is not difficult for me to be a "good European." On the other hand, I am perhaps more German than present-day Germans, mere citizens of the German Reich, could possibly be—I, the last anti-political German. And yet my ancestors were Polish noblemen: I have many racial instincts in my body from that source—who knows? [...] When I consider how often I am addressed as a Pole when I travel, even by Poles themselves, and how rarely I am taken for a German, it might seem that I have been merely externally sprinkled with what is German.”(Ecce Homo

2009年6月23日火曜日

Resignationの説

 鷗外47歳。珍しく激した、しかし孤高を守る思索者の姿。業績比ぶべくもなく、また自分が高みにいるとも思わぬが、若い頃に読んだ時の読後感とは全く違う想いを今抱く自分に少し驚く。

STEPHEN M. KOSSLYN

LEVERAGING DIFFERENCES
 10年前の私は、このようなアプローチは幼稚に過ぎると一笑に付していた。しかし最近の脳科学・認知心理学などにおける研究の進展ぶりを見ていると、いずれこのようなアプローチが主流になるのかもしれないと思い始めている。少なくとも宗教や精神論に騙されて泣きを見る人は減っていくだろう。

The Reader (Der Vorleser)

 Bernhard Schlinkの原作は昔日本語訳で読んでいた。
 昨夜その映画化作品を観た。
 原作の持っていた内省性は薄められ、ナチズム及びそれに「加担」した人々への批判性も弱められている印象は否めない。しかし、根本的な人間存在の底の底まで踏み込もうとするならば――この作品がそのあるべきレヴェルにまで十分到達しているとは言わないが――、このような方向での捉え方もあり得るのではないか、と思わせるような深みにまでは届いている作品だと思う。
 原作の英語訳も読んでみようと思う。

2009年6月22日月曜日

きょうのVERLYN KLINKENBORG

Point of Return
 こんな短い文章で読む者の眼差しを一変させてしまう。本当にこの人はすばらしい。

きょうのLiaison

えな衣展+ぬいぬいWSワークショップ
西宮友の会 友愛セール

being under arrest

"I see you've misunderstood me," said the supervisor who was already at the door. "It's true that you're under arrest, but that shouldn't stop you from carrying out your job. And there shouldn't be anything to stop you carrying on with your usual life." "In that case it's not too bad, being under arrest," said K., and went up close to the supervisor.(KAFKA, Franz, Trial

2009年6月21日日曜日

Please pass on..

Please Pass On! Pictures of the Uprising! Don't Let This Moment Pass Away!!
Please pass this on to everyone you know who cares about democratic reform in a sorely needed part of our world: http://tinyurl.com/IranUprising
Iran:Riot in tehran streets after election day"Death to the dictator!"

2009年6月20日土曜日

きょうのLiaison

カンガの展示

量子論と特殊相対性理論

We believe that everything there is to say about the world can in principle be put into the form of a narrative, or story. Or, in more precise and technical terms: everything there is to say can be packed into an infinite set of propositions of the form "at t1 this is the exact physical condition of the world" and "at t2 that is the exact physical condition of the world," and so on. But the phenomenon of quantum-mechanical entanglement and the spacetime geometry of special relativity—taken together—imply that the physical history of the world is infinitely too rich for that.(David Z Albert and Rivka Galchen,Was Einstein Wrong?: A Quantum Threat to Special Relativity

叙勲

 我々の仲間Дора Барова氏がこのたび日本文学研究・翻訳での功績を讃えられて日本政府から勲章を受け、昨夜大使公邸で贈呈式があった。Дораさん、おめでとう!

2009年6月15日月曜日

発話行為としてのコミュニズム、そして「所有」。

”communism is the speech act of existence as it is ontologically being-in-common. This speech act claims (for) the ontological truth of the common, that is the relation - which ultimately is nothing else than sense....the truth of the common is property. Property does not mean only the possession or the belonging. In a reverse way, one should rather say that possession or belonging may only be truly understood and determined if property is first understood.”(Jean-Luc Nancy,Communism, the Word
 極めて重要なテーゼ。

the place--the picture of it--stays...

"I was talking about time. It's so hard for me to believe in it.
Some things go. Pass on. Some things just stay. I used to think it was my rememory. You know. Some things you forget. Other things you never do. But it's not. Places, places are still there. If a house burns down, it's gone, but the place--the picture of it--stays, and not just in my rememory, but out there, in the world. What I remember is a picture floating around out there outside my head. I mean, even if I don't think it, even if I die, the picture of what I did, or knew, or saw is still out there. Right in the place where it happened."(Toni Morrison, Beloved")

きょうのVerlyn Klinkenborg

What the Land Says
 今日の文章もすばらしい。。。
 学生諸君には「言語」ではなく「ことば」を聴くことのできる人になってほしい。それがしがない言語教師の小さな望みである。

Nation-stateとCommunity

"One frequently hears today that the nation-state will be gradually decomposed by the globalization of capitalism (neo-liberalism). This is impossible. When individual national economies are threatened by the global market, they demand the protection (redistribution) of the state and/or bloc economy, at the same time as appealing to nationaljavascript:void(0) cultural identity. So it is that any counteraction to capital must also be one targeted against the state and nation (community). The capitalist nation-state is fearless because of its makeup. The denial of one ends up being reabsorbed into the ring of the trinity by the power of the other two. Countermovements in the past, such as corporatism, welfare society, and social democracy, resulted in the perfection of the ring rather than its abolition." (KARATANI, Kojin, Transcritique, pp.15.-16.)
 しかし、多国籍(寧ろ国籍横断的と言ったほうがいいだろう)企業を代表とするグロ-バル経済の力と国民国家との闘争はまだ決着がついていないのではないか。

2009年6月14日日曜日

「第4回ルーマニア日本語教師会日本語教育・日本語学シンポジウム」のお知らせ

「第4回ルーマニア日本語教師会日本語教育・日本語学シンポジウム」

発表者募集のお知らせ


 ルーマニア日本語教師会(APJR)では以下の要領で「第4回ルーマニア日本語教師会日本語教育・日本語学シンポジウム」の開催を予定しています。


主催: ルーマニア日本語教師会(APJR)

助成: 独立行政法人国際交流基金

協力: ブカレスト大学外国語学部日本語学科、ブルガリア日本語教師会

招聘講師: 小林基起(鹿児島大学教授)

会期: 2009年9月19日(土)・20日(日)

会場: ブカレスト大学

開催目的: ルーマニア及び隣国の日本語教育に関わっている教師間で研究・活動の成果を発表する機会、そして日本からの招聘講師の講演を聴講する機会を与え、お互いの研究・活動を知り合うことで日本語教育全体の質の向上を図ること。

当シンポジウム開催にあたり、現在発表者の募集を行っています。募集内容は日本語学、日本語教育学に関する分野の研究論文、もしくは日本語教育現場からの実践報告です。


発表応募と論文投稿規定


(注意:発表応募締切日と本文投稿締切日が違いますのでご注意ください。)


1.テーマ:次のいずれかの分野で未発表のもの。

-全国、または隣国の日本語教育機関の現地報告(学習者のニーズ、指導上の問題・課題など)

-日々の教室での活動、試みなどに関する実践的な調査・報告 

-日本語教育に関する研究テーマの発表(学生のニーズ分析、カリキュラム開発、教科書分析、教材開発、教授法など)

-日本語学に関する研究テーマの発表(日本語の形態論・意味論・シンタクス・翻訳論・談話分析など)


2.発表資格:国籍、年齢、所属は一切問いません。ルーマニア日本語教師会(APJR)の会員でなくてもご投稿になれます。


3.使用言語:日本語もしくは英語とします。


4.発表形態

I. 口頭発表:実践研究・報告発表

<時間:発表20分、質疑応答10分、計30分>

II. ポスター発表:ポスター提示による発表です。その場で説明、情報交換を行います。

<提示時間60分。ポスターのサイズA3判4枚以内>

注:利益を目的とした宣伝活動は対象となりません。


5.発表応募方法:応募する際、メール本文欄(あるいは添付ファイル)に発表者の氏名と所属機関、発表の題名と要旨を記入し、メールにてルーマニア日本語教師会(apjromania@gmail.com)までお送りください。要旨は、「予稿集」編集のため和文(500字以内)と英文(300語以内)でご提出ください。

発表応募締切日:2009年8月16日(日)


6.合否通知:査読委員会は審査し、発表者を決定します。8月23日までに結果をお知らせします。

また、発表者はシンポジウム論文集への投稿もお願いします。


7.論文投稿方法:論文を投稿する際はメール本文欄(あるいは添付ファイル)に以下の(1)から(3)までのものを記入し、メールにてルーマニア日本語教師会(apjromania@gmail.com)までご提出ください。

1.

執筆者の氏名(日本語及び英語)、所属機関、連絡先(電話番号とE-mailアドレス)
2.

題名(日本語及び英語)
3.

キーワード5語以内(執筆言語によるもの。キーワードは論文にも記載してください。)

論文提出締切日:2009年11月15日(日)


8.論文の分量

I. 日本語原稿:ワープロ打ち、A4用紙1ページ39字程度x35行程度(フォント11)で6枚から8枚程度。(8枚以内に収めること)

II. 英語原稿:ワープロ打ち、A4用紙82字程度x42行程度(フォント10,5)で6枚から8枚。(8枚以内に収めること)

I, IIとも、図表、参考文献などを含みます。


9.シンポジウム参加費

I. 発表者: 

ルーマニア日本語教師会会員及びブルガリア日本語教師会会員:無料

  非会員:40レイ(約10ユーロ)

II. 聴講者:10レイ(約2.5ユーロ)


留意事項:隣国・地方の方への交通費の支払い

 今年は残念ながら交通費が負担できなくなってしまいました。申し訳ありません。ご了承・ご協力お願いします。


 どうぞ宜しくお願いいたします。


ルーマニア日本語教師会会長

Roman PASCA


問い合わせ:ルーマニア日本語教師会(APJR)<apjromania@gmail.com>

Borgesの宇宙

‘One may envision some decades hence a Borges encyclopaedia ...the work of a group of people devoted to the annihilation of the external universe and its replacement with a universe made by a human being, with its own inevitable logic and order. That human being will in time recede as a physical being and achieve the status of an idea. Then those future generations of scholars will forget the existence of English or Argentine or Latin literatures. The world will be Borges.’(D. Balderston, The Literary Universe of Jorge Luis Borges)
 この陳述が当てはまるのは、古今東西ひとりBorgesのみである。

腐敗

 La Tribune: European Union at the Time of Bulgarian Challenge
 腐敗は政府・公安・法的システム・経済界などのマクロ・レヴェルだけでないことは言うまでもない。
 私の周囲にも腐った奴が3、4人いる(なお、彼らを除くすべての周囲の人たちがとてつもなく素敵な人たちであることを急いで付け加えておく)。それがどんな奴らなのかは、日本にずっといる人には到底理解してもらえないだろうが、あんな奴らは日本では少なくとも私の周りには一人もいなかった(私が最も軽蔑していた同僚でさえ、今から思えば彼らよりはるかにましである)。こと彼らに対しては評価のシステムというものがまったく機能していなかったのかもしれない、と百歩譲ったとしても、それにしても、である。なぜこんな奴らがこんな所にまで入り込めるのか。本当にひどい。僕にひどいと言われるのだから相当なものだ。
 一度腐敗したものを新鮮なものに再生させることは不可能だ。腐った部分に倫理的な改心を求めても無駄である。腐った部分は除去し、新鮮なものを投入するしか道はない。
 さて、記事中の写真を見てほしい。これを見て苦笑せずに済む者はいないのではないか。その夜郎自大的な滑稽さは日本のやくざたちの姿にも通じる。
 仲間内だけで仲良く腐り合うのは勝手だが、私たちにまで迷惑をかけるとなると、やはり除去するしかない。

Kayah & Bregovic

Prawy Do Lewego
 これを聴いて、「あ、僕の音楽だ。」と直感する。ひとりでに体が動き、踊り出す。
 この、僕が、である。
 僕は一体どこまで行くつもりなのだろう。
 

2009年6月13日土曜日

きょうのLiaison

発表します!

Kafka, Das Schloss

 FriedaとKとのやり取り。これは対話ではない。私は日本で暮らしていた頃、これとそっくりの、ことばが螺旋状に墜ちてゆくような悪夢をたびたび見ていた。
 現在の私の悪夢は少し違う種類のものだ。激しく言い争っている夢だ。興奮してそれで目が覚める。しかし私にはこの悪夢のほうが前者の悪夢よりはましである。
 その違いの根拠は今のところ一つしか思いつかない。ここでは私と世界とは相互に徹底的に他者であるという事実だ。

Jürgen Habermas

 18日に80歳の誕生日を迎える。70年代に彼の教えを受けたSeyla BenhabibはBlätter誌上で彼を”the relevant contemporary protagonist in the tradition of cosmopolitanism”彼をと位置づけ、
”To me 'cosmopolitanism' means to acknowledge that people are moral persons who have the right to be protected by law, on the basis of the rights owing to them not as citizens or as members of an ethnic group, but simply as human beings. Moreover, cosmopolitanism means that borders between countries are increasingly penetrable in the twenty-first century, and that justice within these borders and justice beyond these borders are interconnected, even if tensions between them can and will arise. With Jürgen Habermas, this position of human rights and cosmopolitanism produced from the very beginning the will to 'include the Other', regardless of national origin.”
と述べる。
 現在の地球人はとてもそんなレヴェルの思考を全体として行うことのできるレヴェルにはない。しかし、50年後か100年後か、或いはもっと時間のかかることなのか、それはともかく、理論・理念としてKantの言うWeltbürgerrechtの現実化を目指すことにしか人類に希望はないだろう。

きょうのLiaison

6月第2週ピックアップコーナー

2009年6月10日水曜日

「アーカイブ」より

「ある意味で一般大衆に対する悪態は「思想家」固有の語り口である。なぜなら思想家の使命、その職業的な目的は、正しい見解(doxa)あるいは世論と反対の「独自の」見解を所有することだからである。ヘラクレイトスとパルメニデスが、ドクサに対決して思考する際に、その見解が本質的にパラ・ドクサ(逆説)であるということを明確に意識していたのもそのためである。この逆説的な性格は、哲学の進展全体を通じて持続される。これと軌を一にして、ターレスの同時代人で最初のヘブライ人の思想家であるアモスは、神によっておのが仕事に定められたとき、神が彼に「わが民に逆らって預言せよ」との任務を負わせになったのだと明言するであろう。すべての預言者は何ものかに反対しての預言者であって、「思想家」もまた然りである。プラトンは、それら最初の「思想家」たちについて具体的に話している著作のあるところで、「彼らはお高くとまってしまって、われわれ一般人を見下し、われわれが彼らの言うことについて行けるかどうかおかまいなしに、それぞれいとも簡単に結論を出してしまう」と言っているが、彼はこれによって、彼らの思想の逆説的な、したがって難解な形式をいとも明瞭に際立たせている。」(オルテガ・イ・ガセット『哲学の起源』)

 私は思想家でもないし古代ギリシャ人でもないが、常にパラ・ドクサを措定する者であり続けたいと思う。この時期だけに、特にその思いを強くする。

2009年6月9日火曜日

「正義」

 その直接の反意語は存在しないだろう。「不正」「不公平」「悪」、その他様々な反対概念が設定され得る。
 そしてきょう、「邪悪」もその一つであることを学んだ。
 有形、無形、あらゆる面から、「邪悪」を打ち倒し正義を勝ち取るために団結した多くの仲間たちに対し、心からの感謝と尊敬を捧げる。
 この仲間たちがいる限り、これからも「正義」は守られるだろう、また、守られなければならない。

きょうのLiaison

Whitenoise 展示中
初夏花盛り

2009年6月1日月曜日

京都教育大学生6人逮捕 集団準強姦の疑い
 苦渋・憤り・落胆・失望・。。。
 被害者や容疑者、責任を取るべき者たちだけが存在するだけではない。こういう時には必ずと言っていいほど、陰でほくそえんでいる者たちがいる。
 この大学は生まれ変わることができるだろうか。

きょうのLiaison

one village one earth フェアトレード+国際協力セミナー vol.5
定住外国人子ども奨学金