2009年9月22日火曜日

主語の複数性或いは関係の存在論

「以上のような形に還元されない命題の最もわかりやすい実例は、数学的な観念を借用している命題である。たとえば、「三人の人がいる」というように、すべて数を断言することは、主語のおのおのに、一つの述語をもまた同時に与えておるかもしれないが、本質的には、主語の複数性を断言するものである。三人という数は、その命題が、一つであればこそ、三人となりうるのであり、一人ずつ人がいることを断言する三命題が並列されているならば、三という数はなくなるから、右のごとき命題はただ、主語-述語形式の命題の和とは考えられないのである。さらに進んで、ある場合には、われわれは、主語間の関係--たとえば、位置、大小、全体と部分の関係--を承認せねばならない。」(ラッセル「ライプニッツの哲学」)
 日本語で最も一般的な言い方である「人が三人いる。」で考えればこのことはより分かりやすくなる。
 なにものかが存在する。なにものかとは何か。人だ。人が存在する。いかにしてか。3人という在り方においてである。

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