2009年11月6日金曜日

多様性というもの

Apples, Apples, Apples
 1905年、アメリカ合州国には6,500種のリンゴがあった。それが現在のマーケットではたった11種が市場に出回るリンゴの90%を独占している。中でもRed Deliciousという品種が市場の半分近くを占めている、とKLINKENBORGはいう。
 「堕落した資本主義」とか「市場原理主義の横暴」とかいった青臭いことを言うつもりはない。KLINKENBORGもさすがにそんな馬鹿なことは言っていない。
 資本主義というものは本来そういうものだ。均質化と効率化と無限の膨張。それしかない。それがなければ資本主義ではない。
 だからといって、世界が彼の国や日本のように成り果ててしまっていいかというと、断じてそうではない。
 ここで、KLINKENBORGよりも有利な立場にいる、つまり超高度資本主義国に住まないという贅沢をしている私が言いたいのは、でもうちはうちのリンゴを食べる、なぜならばうちのリンゴがうちの者にとっては一番おいしいリンゴだから、という論理は本当に消えてしまっていいのかということだ。
 リンゴ・ナシ・ハチミツ・ヨーグルト・タマゴ・・・・・・・・ありがたくいただく、ありとあらゆる食べ物に必ず「うちの」「おじいちゃんの」「おばあちゃんの」という修飾語がついてくる国に暮らし、しかしリンゴをまるかじりできなくなった歯を持て余している私の感想である。

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