2010年10月28日木曜日

無題

何を求める風の中ゆく
(種田山頭火(1882-1940))

2010年10月27日水曜日

言論の自由

 Arundhati Roy faces arrest over Kashmir remark
I Pity The Nation That Needs To Jail Those Who Ask For Justice
Arundhati Roy: The debater of big things
 原理的に、私は全面的にRoyを支持する。それが他の基本的人権を侵すものでない限り、思想・信条・表現の自由は最大限擁護されなければならない。
 功利主義的にも、インドが中国と今世紀の覇権を争うつもりなら、今が彼我のの違いを見せる時である。

2010年10月20日水曜日

自然と筆

Hickory Rain
 Klinkenborgの文章を読むたびに思うのは、筆力のある者がもっとこういう環境に暮らしながら文章を紡ぐ道を選ぶか、あるいは、こういう環境に生きる者で筆力のある者がどんどん書いてくれるか、そういう事が日本語の文章の世界でももっと起こってほしい、ということだ。
 残念だがどちらの資格も持たぬ私のような者には、こういう名文を味読させてもらえる事は二重の意味で幸福なことなのである。

2010年10月15日金曜日

2010年10月13日水曜日

近代

「道を行くものは皆追い越して行く。女でさえ後れてはいない。腰の後部でスカートを軽く撮んで、踵の高い靴が曲るかと思うくらい烈しく舗石を鳴らして急いで行く。よく見ると、どの顔もどの顔もせっぱつまっている。男は正面を見たなり、女は傍目も触らず、ひたすらにわが志す方へと一直線に走るだけである。その時の口は堅く結んでいる。眉は深く鎖している。鼻は険しく聳えていて、顔は奥行ばかり延びている。そうして、足は一文字に用のある方へ運んで行く。あたかも往来は歩くに堪えん、戸外はいるに忍びん、一刻も早く屋根の下へ身を隠さなければ、生涯の恥辱である、かのごとき態度である。」
 漱石の見た19世紀末のロンドン。それはまた、ブルガリアの野良犬が見る現代日本の大都市でもある。

2010年10月1日金曜日

リメイクということ

Time誌がTop 10 Hollywood Remakesなるものを発表した。
ハリウッドのリメイクなんぞにもちろん関心はないが、その中に黒澤の「七人の侍」と「用心棒」のリメイクが入っていることに気付き、少し考えた。
考えてみればこの2作品もJohn Fordのリメイクみたいなものだ。リメイクというものも定義によって様々だろうが、基本的に、真似ができるということは、その対象そのものがそれだけのものであることを証明している、と考えてよいだろう。リメイクしやすいものを誰かがリメイクし、それをまた誰かがリメイクする、という循環だ。黒澤が小津などと比べてはるかに一般受けしている理由はそこにある。
小津も戦前のハリウッド映画に大きな影響を受けた。戦後の小津にはそれが明示的には見えなくなっている。
キアロスタミの、画面を大きく斜めに横切る線のフォルム。その何気ない1カット。そういうものに出会うたびに、私はキアロスタミの小津に対する尊敬の深さを感じる。
それは、いかなる意味においても、リメイクではない。