2017年8月6日日曜日

 大学というところには「鬼」がいる。
 それは「学問の鬼」「研究の鬼」というやつである。大学人のうちの、おそらく0.1%程度の割合で、彼らは現実に存在する。
 彼らは、文字通り24時間学問研究に没頭している。研究室でも、講義中でも、会議中でも、通勤途中でも、食事中でも、睡眠中でさえも、学問のことばかり考えている。彼らの中には、自分が納税者から、あるいは何らかの組織から給与をもらって仕事をしているという意識さえ持たぬ者もいる。よって、そういう彼らは公務員・組織の一員・教員・社会人・家庭人などというアイデンティティさえ持たぬ。結果として、往々にして「人の道に外れた」行為をしでかすことになる。要するに、この世ならぬ者である。「世間」に生きる「ひと」ではない。そういう意味で「鬼」なのである。
 しかし、その「鬼」の中から、時に人間業とは思えない仕事をするやつが出てくる。大学が学問の府である以上、大学はそういう生き物を「飼う」ところでもなければならない。学問という檻の中に閉じ込めて「ひと」の世界に一切出さぬよう用心してでも、大学には「鬼」を飼い続ける義務がある。私はそういうことをずっと言ってきたし、どこかにも書いたこともある。それは、「ひと」としては軽蔑していても「鬼」としては畏怖し続けた少数の先輩たちを擁護しているつもりであった。
 「ひと」でいられなくなり「鬼」になるのか、そもそも「鬼」だから「ひと」でいられないのか。それはわからない。しかし、今は、他人ごととしてではなく、こう思う。「飼う」必要も「擁護」する必要もないかもしれないが、何としても「鬼」は学問内に、異界に、閉じ込めておかねばならない。間違っても学問の外に「鬼」を放ってはならない。「世間」に出してはいけない。「ひと」と接触させてはならない。

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