2008年2月8日金曜日

「東洋」と「西洋」

 一体我々はどうして、いつから、このような野蛮な二分法に毒されてしまったのであろう。
 ブルガリアに来て半年を過ぎ、私はその「野蛮」から少しずつ抜け出すことができてきたように思う。
 今夜も、Kun-Woo Paikのブラームスを聴きながらそう感じた。

2 件のコメント:

  1. Kiplingのあの詩にも一員があるに違いないでしょう。
    この間ルーヴルでメソポタミアなどのいわゆる「アジア」美術作品を見てから、「西洋」「東洋」というのは、思想上や言語上の概念に過ぎないとより強く信じるようになりました。
    我々の「西洋文明」は繰り返した空っぽのダンボールの上で築かれたのではないという感じまで覚えました。

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  2. オリエンタリズムを教えてくれたサイードはやはり偉い人だったね。

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