Mezzoを流しながら仕事をしている時、ごくたまにではあるが、演奏に引き込まれて仕事にならないことがある。きょうも久しぶりにそういうことがあった。
彼女のチェンバロと指揮は、ピリオド奏法が、古楽器でなくとも十分に、いやそれ以上に演奏効果を高めるという信念に基づいているかのような、歯切れのよい、ドラマティックな演奏を生み出している。
彼女の演奏が続いていた1時間あまり、すっかり聴き惚れていていた。
すばらしい経験をすると、生きているということもまんざら悪くもないと思う。
2008年2月3日日曜日
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