ノマドの窓 (Номадски прозорец)
2009年11月26日木曜日
狂信
The Serbian Charade
時折、どのように考えればそのような話になるのか、と耳を疑いたくなることがある。この問題もその一つだ。頭を冷やせ、と言ったぐらいでは到底治りそうもない、この手合いを一体扱えばいいのだろう。
0 件のコメント:
コメントを投稿
‹
›
ホーム
ウェブ バージョンを表示
0 件のコメント:
コメントを投稿