2018年4月29日日曜日

A Man Threatens People with a Gun in the Borisova Garden

私のジョギングコースには当たっていないようだが、まったく物騒な話だ。この話はこの記事できょう初めて知ったのだが、無闇に発砲する奴が公園内を徘徊しているというのに、注意を促す掲示も見当たらなければ警戒に当たる職員も警察官も一人も見かけていない。これも彼らの無能さをよく表している話だ。

護身用に私はいつも棒切れとペッパースプレーを持ってジョギングしているが、無闇に銃をぶっ放すこんな奴が相手ではたまったもんじゃない。

頼むから公園内のジョギングぐらい安心してやらせてくれ。

A Man Threatens People with a Gun in the Borisova Garden

芥川龍之介「神神の微笑」

雪ならで碧に紛るる我が小径

雪ならで碧《あを》に紛るる我が小径

2018年4月25日水曜日

『Agora日本語読解辞典』32万ページ

Agora日本語読解辞典』が32万ページを超えた。

ジジイ

私は61だ。もういいジジイである。しかしやってることは20、30の小僧と寸分変わらない。あの頃は何でもやりたい放題言いたい放題でやっていた。それでよかった。青二才が、と、心ある人からは相手にされなかったからだ。無視されている間は大きな問題にはならない。

しかし、残念ながら61ともなるとそうもいかないようだ。自分の言動がいちいち周囲の意外に多くの人を巻き込んでしまっているらしい。いい意味でならそれも結構なことなのだが、おそらく望ましくない意味でそうなってしまっている場合の方が多い。まさか自分の一挙手一投足がこんなにも周囲に様々な波紋を及ぼしているとは。実に愚かなことだが、最近になってようやくそれに気がつき始めた。本当にこれまでそんなことは意識していなかったのだ。誰にも信じてもらえないだろう。しかし、本当にそんなことは一度も考えたことがなかったのだ。これもほとんど大学の世界しか知らない人生だったせいかもしれない。「学問の鬼」の話を以前書いた。しかし全くもってそんな立派な話ではないのである。

心身ともに枯れてくれば自然におとなしくなってゆき、それはそれでおさまりがついてゆくのだろう。しかし幸か不幸か私は還暦を過ぎてますます元気である。最近の鍛錬の甲斐もあって、身体能力は二十歳の頃と同等のレベルに戻りつつあるとさえ言いたくなる。もしこれで煙草をやめたら一体どこまで元気になるのだろうと恐ろしくなるぐらいだ。「老いてますます盛ん」どころか、まだそれ以前の段階なのだ。

肉体的にも精神的にも発展段階はまだ30の若造なのである。しかし実際には私は61で、そしてその年齢が要求する振舞い方を知らないと来てる。一体どう折り合いをつければいいというのか。

まあいいや。グダグダ言ってても埒があかない。少なくともこれ以上世間様に迷惑をかけまいとするなら、やはり黙々と本来の自分の仕事にひとり専念することだ。

2018年4月24日火曜日

2018年4月10日火曜日

2018年4月9日月曜日

誕生日啄木鳥の拍もて走りたき

誕生日啄木鳥(けら)の拍もて走りたき

2018年4月8日日曜日

隠らるる所なき樹を栗鼠走る