2009年2月28日土曜日

ドイツ印象主義

 未熟であろうががさつであろうが、私の眼は100年も経って、ようやく彼らに追いついた。

2009年2月27日金曜日

そして人生は続く。。。

 Life goes on...
 時はひとを苦しみや悲しみの中に突き落とし、その只中にそっとしておいてくれることも決してなく、ふたたび運び去る。
 苦しみや悲しみの中にあっても、いやおそらく、だからこそ、人生は続いてゆく。

きょうのLiaison

すずかけ雑貨展本日開催!

2009年2月23日月曜日

『ブルガリア語‐日本語‐ブルガリア語フリーオンライン辞典』

『ブルガリア語‐日本語‐ブルガリア語フリーオンライン辞典』の作業中、лесен(簡単だ・易しい)という語もまだ掲載されていなかった――何かの事故で消えたのでなければ、であるが――ことに気づいた。何と6,369語目にして、である。編者同様やはり相変わらず変な辞典である。

2009年2月22日日曜日

Henry Thoreau

Walking With Henry
 わたしはHenry Thoreauのようなタイプが苦手である。彼らは、極端に言えば、自然愛好者は即自的に善なる者であり、世界・人間のあらゆる面において真理を吐く権利を有するとでも思っているかのように見えることがあるのである。いかに善人でも時折そういう面を見せる人とは、もうそれだけで私は縁を切る。
 そうか。Klinkenborgも気づいているのか。彼自身がそういう落とし穴にはまらないように気をつけている間は彼の書くものは大丈夫だろう。

2009年2月21日土曜日

「不可能性」から出発するということ

Formerly, I viewed human common sense only from the standpoint of my own; now I put myself into the position of another's reason outside of myself, and observe my judgment", together with their most secret causes, from the point of view of others. It is true that the comparison of both observations results in pronounced parallax, but it is the only means of preventing the optical delusion, and of putting the concept of the power of knowledge in human nature into its true place. (KANT, Immanuel, Dreams of a Visionary)
 自己からのみの観点に立つことも不可能なら他者理性の観点に立つことも不可能である。この絶対的不可能性から/の中を歩み出す。この「断念」は重要だと思う。すべてものごとはここに始まる。

2009年2月20日金曜日

споделяその2

споделяという動詞はロシア語にもあるというご教示をいただいた。とすると、その使用者の間に存在すると私が仮定する意識がロシア語或いは広くスラヴ語圏に共有されているという可能性もある。だからといって昨日述べたブルガリア語使用者の意識の問題が消えるわけではない。寧ろ考察の対象範囲が広がったと思う。面白くなってきた。

2009年2月19日木曜日

споделя

ブルガリア語にсподеляという動詞がある。分ける・分け持つ・共有/参加/シェアする、というような意味の動詞で、例えばсподеля неговата скръбというのは「私は彼の悲しみを共有する/分け持つ」というような意味になる。英語ならI sympathize with him in his sorrow.だろうし、日本語なら「私は彼の悲しみに/悲しみに沈む彼に同情する。」だろう。英語や日本語の表現のほうがクールに聞こえないだろうか。無論どの言語にも様々な言い方があるし、ここで短絡的に乱暴な結論を出す気は毛頭ないが、ある一つの言葉を手がかりとして、その使い手たちの内的世界に肉薄しようという誘惑に時折駆られないでもない。
 感情を共有する/分け持つ、という態度の背後には家族や仲間内での一体/連帯感、強い結びつきのようなものの存在が感じ取れる。ブルガリアの人々の強烈ともいってよい友情・愛情・優しさ・温かさを理解する上でのキーワードの一つではないかと推測する。ブルガリア語を使いこなせていない今の段階では推測とも呼べぬほどのただの思い付きにしか過ぎないが。
 しかし、その紐帯が裏切られたと分かった時の反応の凄まじさも逆に容易に想像できる。

Nature and nurture interact.

The DNA of Politics
 二つの意味で面白かった。科学/学問的であろうと努力して、興味深い諸研究の紹介が続く(面白さ1)。しかし。それが終わった途端、突然激しい左翼攻撃のアジに移行する。彼の遺伝子も分析したほうがいい(面白さ2)。

「入り込む」ということ

A foreigner hopes to revive Japan's flagging spirits
 杜氏のような伝統的な世界に限らない。程度の差こそあれ、途方もない長さと密度を持ったあの社会に「入り込む」ことは、これだけの人物でも困難だったし、その困難さは今後も増しこそすれ減ずることはあるまいと想像される。
 奥まで入り込んでゆく、ということはまた同時に、どこまでも遠ざかってゆく、ということでもある。

2009年2月17日火曜日

きょうのLiaison

ふたたび、登場! すずかけ雑貨展
中国のフォークアート=農民画
おいしいスパイス開発物語セミナー大好評でした。
バレンタインデーアクション2009

ホ-ム

 ブダペスト出張から戻ってきた。懐かしい仲間とも会えたし、出張そのものは悪くなかった。仕事の合間にローマ遺跡も見せてもらったし、500年の歴史を誇る「トルコ風呂」にも入れていただいた。
 しかし、たった四日間留守にしただけなのに、帰りの機内でブルガリア語のアナウンスを聞いたとき「あ、懐かしい。」と思った。ソフィアの街並みを見たとき「ああ、帰ってきた。」と思った。
 日頃ブルガリアやソフィアの悪口ばかり言っているくせに、いつの間にかここは私のホームになっているのである。

2009年2月13日金曜日

「国辱」

Bulgarian businessman claims officials demanded kickbacks
 Kamenovの手法も(万一もし彼が清廉潔白だとしても)愚かだし、それに対する政府の反応の仕方も(万一もし彼らが清廉潔白だとしても)いかにもまずい。
 ブルガリアを「しゃがみトイレ」で表象するアーティストのユーモアなんぞにいきり立っている愛国者の皆さん、皆さんが本当に「国を愛している」のなら、怒るべき相手を間違えています。

2009年2月12日木曜日

愛のない結婚

Bulgaria and Russia: a cold marriage
 もう一つ踏み込みが足りないが、まあまあまとまった報告だ。

LAPCHAROENSAP, Rattawut

Farangs
 主人公の内的世界をもっと掘り下げてほしかったとも思うが、しかしなかなかいい作品だ。
 このようなあまり世界の文学の舞台に登場しない社会の文学がもっとでてきてほしいと思う。大傑作でなくても、ゴミでさえなければ、よい。読者の世界を拡大・深化させてくれるようなものがもっとほしい。

漱石『明暗』1916

「朝飯とも午飯とも片のつかない、極めて単純な西洋流の食事を済ました後で、津田は独りごとのように云った。
「今日は病気の報知かたがた無沙汰見舞に、ちょっと朝の内藤井の叔父の所まで行って来ようと思ってたのに、とうとう遅くなっちまった」
 彼の意味は仕方がないから午後にこの訪問の義務を果そうというのであった。」

 この最後の一文のもたらす胸がざわざわするような違和感はなんだろう。

2009年2月11日水曜日

おお、神様!

Born believers: How your brain creates God
 これまで(祟り/テロ/最後の審判/村八分を怖れるあまり?)タブー視されてきた領域にようやく欧米の科学がまじめにメスを入れ始めたことを歓迎する。単にはた迷惑なだけでなく、人類が滅亡しないためにも、そのメカニズムを解明し教育によって原理主義を押さえ込んでゆく必要があるからだ。

きょうのLiaison

おいしいスパイス開発物語セミナーお知らせ

Стара София

Стара София
 ある学生のブログ(PCを変えてから行き方を失った。誰か教えて。)から教えてもらった。なかなかよい。ブルガリア語しか使われていないことは残念だが。

カンケン

漢字検定協会―まさか「私益法人」では
 やっと朝日新聞が取り上げた。「漢字は日本文化の誇りである」というようなおめでたいことを社説で日頃言っている新聞はおそらくだんまりを決め込むつもりだろう。
 この問題の根底に文部科学省との癒着があると疑うことは難しくない。上のナショナリズムとも無縁ではなかろう。少し世間が見える者は最初からこのような世界には近づいてこなかったからいいようなものの、問題は何も知らずせっせと漢字を丸暗記し、対策本・講座に大金を払い、検定料を納め、受かった落ちたと一喜一憂してきた人々である。
 私の領域でいえば、特にノンネイティヴの日本語学習者――ひどいケースでは教師たちも――の多くは「日本語」を勉強することがすなわち勉強だ、或いは資格を取ることは(単なる方便だ、でなく)能力の証だ、という信仰を持っているナイーヴな人たちである。そういう人たちは最後までそういう人生を送っていくのだからそれはそれでいいのだ、という論理もあり得る。しかし弱者を騙して私腹を肥やす者を放置するということは社会的正義として看過できない問題であるはずだ。
 朝日のこの社説は「漢字は日本文化の大切な土台だ。協会は身ぎれいになって出直す時だ。」と結んでいる。朝日でさえこれである。コメントの価値もない。絶望的だ。

2009年2月10日火曜日

constitutive ideaとregulative idea

 Marxは共産主義を前者でなく後者として捉える。マルクスをまともに読んだこともないくせに「マルクス主義は・・・」とやる輩だけでなくまじめなマルクス主義者の多くもどうやら勘違いをしているらしい。
 しかし、では、そのcategorical imperativeはどのように担保されるのか。。。やはり僕はまだまだ勉強が足りない。

I came to feel that I had to state something positive.

"Marx spoke very little of communism, except for the rare occasions on which he criticized others' discourses on the subject. He even said somewhere that speaking of the future was itself reactionary. Up until the climate change of 1989, I also despised all ideas of possible futures. I believed that the struggle against capitalism and the state would be possible without ideas of a future, and that we should only sustain the struggle endlessly in response to each contradiction arising from a real situation. The collapse of the socialist bloc in 1989 compelled me to change my stance. Until then, I, as many others, had been rebuking Marxist states and communist parties; that criticism had unwittingly taken for granted their solid existence and the appearance that they would endure forever. As long as they survived, we could feel we had done something just by negating them. When they collapsed, I realized that my critical stance had been paradoxically relying on their being. I came to feel that I had to state something positive. It was at this conjuncture that I began to confront Kant."(柄谷行人Tranccritique)
 なんとナイーブな、と言うか、率直と言おうか。柄谷が時折り見せるこのような人間臭さが私は好きだ。

きょうのLiaison

梅の季節ですね。

2009年2月9日月曜日

大文字の他者

「冷たそうに燦つく肌合の七宝製の花瓶、その花瓶の滑らかな表面に流れる華麗な模様の色、卓上に運ばれた銀きせの丸盆、同じ色の角砂糖入と牛乳入、蒼黒い地の中に茶の唐草模様を浮かした重そうな窓掛、三隅に金箔を置いた装飾用のアルバム、――こういうものの強い刺戟が、すでに明るい電灯の下を去って、暗い戸外へ出た彼の眼の中を不秩序に往来した。」
"The coldly gleaming texture of the cloisonne vase, the colours of the brilliant pattern flowing on its smooth surface, the round, silverplated tray which had been brought to the table, the cube sugar and cream containers of the same colour, the heavy curtains of bluishblack fabric with a brown arabesque design, the ornamental album with three of its corners set in gold leaf-these vivid images passed in a disorderly manner before his mind's eye even after he had gone out from under the bright light and was walking in the dark outside."

Fredric Jamesonは『明暗』のこの箇所を物質/外的世界対内的世界の図式に基づいて把握しようとしているのだが、私は寧ろ原文からJamesonが別の箇所(このブログ1.24.参照)で指摘しているunfamiliarityの問題を考えた。大文字の他者の世界が漢語の多用により黒々と、またけばけばしく津田の内的世界に痕跡を残す。
それを翻訳で掬い取るためには翻訳者の側に「創作としての翻訳」とも呼ぶべき途方もない能力が要求される。上の原文と下の翻訳を並べてみれば、それがいかに不可能に近いことかがよく分かるはずだ。

2009年2月7日土曜日

Central and Eastern European Online Library

Central and Eastern European Online Library
 せめてこの水準のものを読みたい。他にご存知の方は教えてほしい。

Economic exile

Economic exile Aleksander Todorov's experience of work on British potato farm
 彼のような人もEconomic exileと呼ぶのだろうか。
 若者が夢を追いかけて努力する姿は清々しい。しかし、ブルガリア人の若者がアメリカ合州国でコンピュータを学ぶ学資を稼ぐためにイギリスでジャガイモの袋詰めをしなければならない時代は早く終わってほしい。

2009年2月5日木曜日

CASA LUI HIRAMIE

 ファンの皆様、お待たせしました。4ヶ月ぶりにCASA LUI HIRAMIEが再開されています。ものすごい勢いです。どうやらブカレストあたりも春の嵐の前兆のようで。。。

はあ?

Princesses Preen in a Pauper Economy
 やはり私は引退したほうがよさそうだ。

2009年2月3日火曜日

ピカソ展

 後ろに警備員を従えて、休館日の会場を僕たちだけでゆっくり見せてもらった。
 この企画展の特徴は同一モチーフをピカソが短期間に何枚か明らかにそれぞれ異質な描き方で実験的に描いたシリーズを数シリーズ並べている点にある。それが非常に面白かった。予想以上にレヴェルの高いラインナップだった。
 ブルガリアの人々の友情の厚さ、温かさ、おおらかさ、それから余分の仕事をしてくれた警備員たちに感謝する。

Facebook

 二の足を踏んでいたFacebookだが、学生たちが誘ってくれたのをきっかけに再開することにした。人間嫌いだ人間嫌いだと言い続けていると最後には本当に独りぼっちになりそうになってきたしね。XD
 Komada Satoshi。見つけてね。

2009年2月2日月曜日

Julian Barnesを読みて

 死せる者の砂嚢には
 地図には載らぬ土地の玉石が
 たくさんつまっている

2009年2月1日日曜日

「無意義に効力を持つ存在」

"Geltung ohne Bedeutung (Being in force without significance)" (Scholem)
"the simple form of law (die blosse Form des Gesetzes)" (Kant)

FRONTLINE

 Erikから教えてもらった。
FRONTLINE
 水準が高い。お薦めできる。

Dark green

A scientist argues that the natural world isn't benevolent and sustaining: it's bent on self-destruction
 この問題は巨額のビジネスが絡む生臭い話にも繫がりやすいのだが、何よりも地球の健康を第一に考えることができるかどうか。科学者たちにも政治家たちにも経済界にも。