2009年7月31日金曜日

きょうのLiaison

8月のピックアップコーナーは『marieJ』

ノスタルジア

 大使館で借り出して丸谷才一『新々百人一首』を読み始めた。
 日本にいた頃には手にとってさえみなかった類の書物である。
 読んでいて、ノスタルジアというものが時間的なものだけではなく空間的なものでもあるということに気づく。
 そして、極めて個人的な、孤独な作業であることにも。

2009年7月30日木曜日

きょうのLiaison

夏のひびき 始まりました。

浅田次郎短編集『鉄道員(ぽっぽや)』(1997)

 「鉄道員(ぽっぽや)」「ラブ・レター」「角筈にて」「うらぼんえ」の四作が特によい。この短編集は「クール・ジャパン」ファンの若い人にもぜひ読んでもらいたい。

Theodor Adorno

Kafkaをthe solipcist without ipseity(自我を持たぬ唯我主義者)と評す。Adornoは時折りこういう極めて短い言葉によって我々をまどろみから覚醒させてくれる。

死刑執行

Three killers are sent to the gallows
Japan executes death row inmates
 捕鯨と並んで、僕が日本人に関してよく理解できない性向の最大のものである。秋にスタートする予定の懇談会ではテーマに取り上げて議論したい。

「男女の違い」

Why Girls Have BFFs and Boys Hang Out in Packs
 別に驚くべきことではないはずなのだが、この調査を実施した研究者のコメントを読んで安心する自己を発見して驚く。

2009年7月29日水曜日

ブルガリア人の他者観

Bulgarians Prefer Roma to Some Emigrants - Poll
Open Society Institute report sees racism in Bulgaria
 一応私も日本人だから、日本人観が興味深かった。家族の一員としてや自分の子供の同級生として一番歓迎されないのが日本人だそうだ。一方で隣人や上司としてなら構わないという。アフリカ系やアラブ系に対する強い嫌悪感を考慮に入れると、日本人の場合も彼らが接触する機会が少ないということが人種的偏見と深く結びついているようだ。これはブルガリア人に限らない現象だ。

怠惰

「どの程度まで人間が怠惰なのかは考えもつかないことである。人間が生きているのは、ただ眠り、無為に生き、じっとしたままでいるためであるかのようだ。というのは人間は、餓死を避けようとして必要な運動をするために、かろうじて決心をつけられるからである。未開人たちが彼らの境遇を好み続けているのは、何よりもこの心地よい無為のためである。人間を不安にし、用心深くし、活動的にする情念は、社会の中ではじめて生れる。なにもしないということは、自己保存の情念についで、人間の最初の、しかももっとも強い情念である。よく眺めていれば、われわれの間にあってさえも、おのおのが働くのは休息にたどりつくためであり、さらにわれわれを勤勉にしているのは、怠惰なのであるということがわかるであろう。」(ルソー『言語起源論―旋律および音楽的模倣を論ず』)

T. Coraghessan Boyle

Ash Monday
 この作品は一種独特の「香り」のようなものを放つ。作品の内容のせいなのか、この作家の特徴なのか。まだ分からない。

2009年7月24日金曜日

ニセモノ

 この世の中がニセモノに満ち満ちていることは十分分かっているつもりだ。しかし最近のようにこれだけ集中して見せつけられると、気も滅入ろうというものだ。せめて自分も含めて身の周りだけでもそのニセモノ性を減じてゆきたいのだが、それもなかなか思うようにはいかない。
 まあ、今日の元気のなさは43度まで気温も上がったせいもあるだろうが。

きょうのLiaison

すずかけTシャツ、お送りできます。

一万語

 「ブルガリア語-日本語-ブルガリア語オンライン辞典」の見出し語数が一万に達した。
 これも偏に毎日地道に作業を続けている執筆者たちのおかげである。自己顕示のためでなく、またまったく目立たない役割であるにもかかわらず、「あとに続くみんなのために」と黙々と献身を続ける彼らこそ、最も賞賛されるべき存在である。

2009年7月23日木曜日

きょうのLiaison

本日入荷製品7月23日

還らぬものの還ること

She was surprised at how serene she felt, and just a little sad. Was it disappointment? She had hardly expected to be forgiven. What she felt was more like homesickness, though there was no source for it, no home. But she was sad to leave her sister. It was her sister she missed—or more precisely, it was her sister with Robbie. Their love. Neither Briony nor the war had destroyed it. This was what soothed her as she sank deeper under the city. How Cecilia had drawn him to her with her eyes. That tenderness in her voice when she called him back from his memories, from Dunkirk, or from the roads that led to it. She used to speak like that to her sometimes, when Cecilia was sixteen and she was a child of six and things went impossibly wrong. Or in the night, when Cecilia came to rescue her from a nightmare and take her into her own bed. Those were the words she used. Come back. It was only a bad dream. Briony, come back. How easily this unthinking family love was forgotten. She was gliding down now, through the soupy brown light, almost to the bottom.(Ian Mcewan, Atonement)

2009年7月22日水曜日

友情

'I can't answer that. Friendship isn't a problem for women.'
'What do you mean?'
'Just what I say. Friendship is a problem for men. It's their romanticism. Not ours.'
(Milan Kundera, IDENTITY)

きょうのLiaison

ハニーココナッツ

2009年7月21日火曜日

きょうのLiaison

キボコ小学校の子どもたち

「考える」ということ

"Thinking no longer means anymore than checking at each moment whether one can indeed think."(Theodor Adorno)
 この言葉を(私を含めて)そのチェックさえ満足にできない人々に捧げる。

田中博士講演

 週末、昔の同僚のよしみでSofiaで講演してもらうことができた。フィールドワークを少しやってもらうこともできた。これからの共同事業のアイデアも生まれた。田中さん、ありがとう。これからもよろしく。

2009年7月14日火曜日

京都教育大学国文学会・国文学科ホームカミングデーのお知らせ

京都教育大学国文学会・国文学科ホームカミングデー

下記のとおり、2009年度の国文学会・国文学科ホームカミングデーを開催いたします。国文学科卒業生の皆様にはふるってご参加くださいますようご案内申し上げます。

             記

○日時 2009年8月1日(土)午後1時20分~午後7時

○会場 京都教育大学F16講義室

●開会 午後1時20分(受付12時45分より)

●研究発表(発表時間25分、質疑応答15分)

一、〈抵抗〉する文学――「麦と兵隊」論――

              私立東山高等学校非常勤講師  仁禮  愛

二、小集団の読書プログラムについての研究――リテラチャー・サークルを手がかりとして――

                      本学准教授  寺田  守

三、“越境”する文学・文化をどう捉えるか――書物・流通・日本語文学――

                名古屋大学大学院准教授  日比 嘉高


四、授業を聞けない生徒達への処方箋

 奈良県立山辺高等学校教諭  堤 乃扶子 

●国文学会総会・国文学科卒業生の近況報告 午後4時20分~5時

●懇親会 午後5時~7時  於職員会館(参加費3,500円)


   ○問合せ先 メールアドレス:kokubun@kyokyo-u.ac.jp

電話:(075)644―8231(国文学科 谷口)

きょうのLiaison

夏のひびき

2009年7月12日日曜日

幸福の相対性或いは絶対性

アリョーシカももどる。お人好しというのか、彼は、他人におごってばかりいて、自分でなんの内職かせぎもできない男だ。
『食べなよ、アリョーシカ!』ビスケットを一つ、彼にやる。
アリョーシカはにこりとする。
『ありがとう! 自分の分がなくなるでしょ!』
『食べなったら!』
おれたちは、なくなればなくなったで、またかせぐだけの話だ。
そして自分は、ひときれのカルバサを口へほうりこむ---口へ! それを歯で嚙む。歯で! 肉の香りがする! 肉の汁、ほんものの肉汁だ。それが、喉を通り、腹へはいっていく。
それで---カルバサはおしまい。
あとは、あすの集合前にとっておこう。シューホフはそう決めた。
彼は、薄っぺらい、垢じみた毛布を、すっぽりと頭からかぶった。やがて、寝台のあいだの通路に、点呼を待つあちらの大部屋の囚人たちがいっぱいにあふれたが、もうそのもの音に耳をかそうとはしない。
シューホフは、満ちたりた気持ちで眠りに落ちていった。きょう一日、彼はまったくついていた。営倉にも入れられなかった。班が《社生団地》へまわされることもなかった。昼食のときには、うまくカーシャをごまかした。班長はパーセント査定をうまくやってくれた。たのしく壁積みができた。身体検査で鋸のかけらがひっかからなかった。夕方にはツェーザリにかせがせてもらい、たばこも買えた。病気にもかからず、なんとか乗りきれた。
なんの影に曇らされることもない、いや、ほとんど幸福とさえいえる一日が過ぎたのだ。
(ソルジェニツィン『イワン・デニーソヴィチの一日』)

2009年7月11日土曜日

『雨あがる』

 黒澤明脚本、小泉堯史監督作品(2000年)。
 2000年度日本アカデミー賞最優秀作品賞受賞作品。山本周五郎の原作の良さを生かした佳作だが、前年の受賞作『鉄道員(ぽっぽや)』、同じく翌年の『千と千尋の神隠し』と比較してスケールの点で見劣りすることは否めない。
 川止めの宿、貧しい旅人たちの浮かれ騒ぐ場面、その名もない旅人たちを演じる役者たちの演技の中に、寧ろ日本映画の底力を見る。全体の筋の流れを無視してでもあのシーンをもっと強調していれば、間違いなく映画史に残る名場面となっていただろう。

2009年7月10日金曜日

雷鳴

It is late afternoon as I write. There is blundering beyond the tree line. Soon the tuberous blunderheads trundle over the horizon; they begin to “wampum, wampum, wampum” until at last they’re vrooming nearby, just down the valley. Or perhaps they’re harrumphing and oomphing, from the very omphalos of the storm. Onomatopoeia is such a delicate thing. (Verlyn Klinkenborg, How the Thunder Sounds)

逮捕される/捕らわれる/捕まること

No. You have been arrested, but it's not in the same way as when they arrest a thief. If you're arrested in the same way as a thief, then it's bad, but an arrest like this ... . It seems to me that it's something very complicated - forgive me if I'm saying something stupid - something very complicated that I don't understand, but something that you don't really need to understand anyway.(Franz Kafka, The Trial)

2009年7月9日木曜日

Giovanni Arrighi往く

Histories of the Present: Giovanni Arrighi, the Longue Duree of Geohistorical Capitalism, and the Current Crisis
 彼も私の大切な先生の一人だった。

Do You Speak Bulgarian?

Do You Speak Bulgarian?
 その論旨に頷けるところがないでもない。しかし、それがまず言語テストだという思想は貧困である。まずそれを一律に適用すればただでさえ苦慮している優秀な人材の獲得に不利になる。また国家の自律性というならそれは言語テストのごときちゃちなものではなく政治・経済・文化などの総合力で維持すべき筋合いのものだ。
 しかし何よりも問題なのは、近くそれが導入されるようなことにでもなれば、私がブルガリアに住むことができなくなることである。XD

АГОРА СОФИЯ oрганизира лекция на тема “ТРАДИЦИОННА ЯПОНСКА МУЗИКА”

 3年前まで同僚だった田中さんがСофияに来て講演してくれる。友情が続くというのはいいものである。
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アゴラ・ソフィア文化講演会
「日本の伝統音楽」
 民族音楽の領域で日本有数の研究者である田中多佳子・京都教育大学教授による日本の伝統的な諸音楽に関する講演を下記の要領で開催します。入場無料、通訳付で、音声・映像資料を使った分かりやすいものですので、どうぞ奮ってご参加下さい。なお、定員30名ですので、agorasofia@gmail.comか0884 526 419まで、お早めにお問い合わせ・お申し込み下さい。
 ご来場をお待ちしております。
                   記
日時:2009年7月18日(土)10:00~12:00
場所:АГОРА СОФИЯ, гр. София, ул. «Средна гора» 97
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АГОРА СОФИЯ
oрганизира лекция на тема
“ТРАДИЦИОННА ЯПОНСКА МУЗИКА”
Гост-лектор: Професор Такако ТАНАКА-музиковед в Педагогическия факултет на Педагогическия Университет, гр. Киото. Изследванията й са насочени главно в три области: изработване и модернизиране на музикалните инструменти в Азия, хиндуистки религиозни певчески форми и корейски «Pung-mul» като образователен материал в училищата в Япония.
Лекцията ще бъде придружена с богат аудио-визуален материал. Осигурен е и превод на български език. Заповядайте!
ПРОГРАМА
КОГА: 18 юли 2009г.(събота), 10-12ч.
КЪДЕ: АГОРА СОФИЯ, гр. София, ул. «Средна гора» 97
ЛЕКТОР: проф. Такако ТАНАКА – Педагогически Университет, гр. Киото
Вход свободен
Молим желаещите да участват да заявят присъствието си предварително, тъй като броят на слушателите е ограничен до 30 души. За записвания – agorasofia@gmail.com, 0884 526 419. Очакваме Ви!

2009年7月8日水曜日

出張

 五日間にわたってВелико Търново大学での研究会、二つの勉強会、Варнаの諸教育機関視察を終えて先ほどСофияに戻ってきた。
 いつもそうだが、今回も実に実り多い出張だった。また多くの関係者のお名前を逐一挙げることはしないが、これらの活動を成功させるために大変ご尽力くださったすべての方々に深く感謝する。
 どんどん仲間が増えていき、着実に総合力が上がっていっている様を改めて実感することができた。

きょうのLiaison

アトリエすずかけ新作Tシャツのおしらせ。
お盆休みのおしらせ
カンガでゆかた帯

2009年7月3日金曜日

他者から/への承認の問題

”However much he may tell her he loves her and thinks her beautiful, his loving gaze could never console her. Because the gaze of love is the gaze that isolates. Jean-Marc thought about the loving solitude of two old persons become invisible to other people: a sad solitude that prefigures death. No, what she needs is not a loving gaze but a flood of alien, crude, lustful looks settling on her with no good will, no discrimination, no tenderness or politeness - settling on her fatefully, inescapably. Those are the looks that sustain her within human society. The gaze of love rips her out of it.” (Milan Kundera, Identity)

きょうの山崎元

「レスラー」を観て仕事の意義を考えた
元官僚の友人と会った
 二つとも、いろいろと考えさせられる記事だった。少し時間のあるときにいわゆる「仕事」というものについて少し書いてみたい。

2009年7月1日水曜日

「個」というもの

"Inside the taxi, K. remembered that he had not noticed the supervisor and the policemen leaving - the supervisor had stopped him noticing the three bank staff and now the three bank staff had stopped him noticing the supervisor." (Franz Kafka, the Trial)
 個的存在というものが、そもそも複数的なものなのか、それとも差異から成る「一」なのか、私は知らない。しかし、「いま、ここ」においては、存在は単独でしかあり続けられない。

きょうのLiaison

one vilage one earth フェアトレード&国際協力セミナー vol.6 「森で生まれるフェアトレード・コーヒー」
夏のお洋服バーゲンセール!!

Michel Foucault

"The main interest in life and work is to become someone else that you were not in the beginning"
"...a kind of tool-box which others can rummage through to find a tool which they can use however they wish in their own area... I don't write for an audience, I write for users, not readers."
 今こういう一連のことばを読み返していると、私の人生におけるここ20年ほどの間彼が私にとっていかに大きな存在であり続けたかに改めて思いが至る。