2010年1月24日日曜日
2010年1月23日土曜日
2010年1月21日木曜日
2010年1月15日金曜日
DNAのジレンマ、に見えるが実はジレンマではないこと
セクシーなメスは損、ショウジョウバエ
優秀な遺伝子は危険にさらされやすく、結果的に生き延びる可能性が小さくなる、ように一見見える。しかし、おそらく、実はそうではない。最終的には、そのような危険をも乗り越える強さをも兼ね備えた遺伝子が生き残りやすい、ということだ。
優秀な遺伝子は危険にさらされやすく、結果的に生き延びる可能性が小さくなる、ように一見見える。しかし、おそらく、実はそうではない。最終的には、そのような危険をも乗り越える強さをも兼ね備えた遺伝子が生き残りやすい、ということだ。
2010年1月11日月曜日
2010年1月10日日曜日
On being Foreign (in Bulgaria)
今日のKarolinka In & Around Bulgariaは彼女の肉声が生き生きと聞き取れる、取り分け素晴らしい文章だった。彼女が取り上げたThe Economistの記事は後でゆっくり読ませていただく。
2010年1月8日金曜日
小澤征爾
Maestro Ozawa has cancer, cancels schedule through June
世界を舞台に走り続けてきた、戦後日本を代表する芸術家の一人でもあり、また誰もが「小澤さん」とさん付けで呼びたくなるような魅力的な人柄で世界中の人々に愛されてきた。ここ数年の健康不安で心配していたが、ショッキングなニュースが飛び込んできた。
しかし、不死身の彼のことだ。いつものようにニコニコしながら、ガンをも平らげてしまうだろう。心からのエールを送る。
世界を舞台に走り続けてきた、戦後日本を代表する芸術家の一人でもあり、また誰もが「小澤さん」とさん付けで呼びたくなるような魅力的な人柄で世界中の人々に愛されてきた。ここ数年の健康不安で心配していたが、ショッキングなニュースが飛び込んできた。
しかし、不死身の彼のことだ。いつものようにニコニコしながら、ガンをも平らげてしまうだろう。心からのエールを送る。
2010年1月4日月曜日
VERLYN KLINKENBORG
Snowing Forward
On the Ice
彼を冬を描くときに最も精彩を放つ作家だと思うのは私だけだろうか。それは彼が常に「他者」と向き合う志向性を持つ作家だからではないか。冬は最も他者性の高い季節だ。
この短い二つの文章を見よ。コウモリ、ハタネズミ、キツツキ、そして氷上の孤独なスケーター。彼の筆にかかろうとかかるまいと常に確たる他者として孤高を保ち続ける存在たちと向き合うとき、彼の目は冴え、そして温かい。
On the Ice
彼を冬を描くときに最も精彩を放つ作家だと思うのは私だけだろうか。それは彼が常に「他者」と向き合う志向性を持つ作家だからではないか。冬は最も他者性の高い季節だ。
この短い二つの文章を見よ。コウモリ、ハタネズミ、キツツキ、そして氷上の孤独なスケーター。彼の筆にかかろうとかかるまいと常に確たる他者として孤高を保ち続ける存在たちと向き合うとき、彼の目は冴え、そして温かい。
2010年1月2日土曜日
2009年12月31日木曜日
大局観
大晦日に考える 日本人の見えざる変化
少々荒削りでもよい、反論の余地が少なからず残ってもよい。こういう節目の時にこそ、稀有壮大な話がほしい。
いつもながら、その期待に東京新聞の社説だけは応えてくれる。
少々荒削りでもよい、反論の余地が少なからず残ってもよい。こういう節目の時にこそ、稀有壮大な話がほしい。
いつもながら、その期待に東京新聞の社説だけは応えてくれる。
2009年12月26日土曜日
声の力
郡山市立郡山第二中学校(金賞) 課題曲「YELL」
何も特別な音楽教育を受けた特別な中学生たちではない。普通の市立中学校の生徒たちだ。
それが、この合唱のすばらしさはどうだろう。
先生の指導もすばらしいのだろう。生徒たちの表情も声の出し方もとても自然で、それでいて極めて高い音楽性を達成している。
すばらしい。
何も特別な音楽教育を受けた特別な中学生たちではない。普通の市立中学校の生徒たちだ。
それが、この合唱のすばらしさはどうだろう。
先生の指導もすばらしいのだろう。生徒たちの表情も声の出し方もとても自然で、それでいて極めて高い音楽性を達成している。
すばらしい。
2009年12月25日金曜日
狂言の恐ろしさ
たとえば「猿座頭」。所詮は狂言だ、面白おかしく笑っていればいいと言う人がいるかもしれないが、私は痛々しくて今日は最後まで見られなかった。身体においても言葉においても、私はハンディキャップにつけこんで人をだますげすどもを憎む。
2009年12月24日木曜日
アントニーとクレオパトラの最期
Threshold to Cleopatra's mausoleum discovered off Alexandria coast
研究というもののすごさを再認識するとともに、もしこれが事実なら、プルタークへの評価が一層高まるだろうと思う。
研究というもののすごさを再認識するとともに、もしこれが事実なら、プルタークへの評価が一層高まるだろうと思う。
夜明け
2009年12月23日水曜日
よかったよかった。
みなさん、喜んでください!今年もサンタクロースが来てくれるようです!
暗いニュースばかりの私の身の回りでも、これは最高のニュースです。
私は子どもでも美女でも勇敢な男でもないけれども、何とか2009年も生き延びることができそうなので、今年も僕の靴下に何か入れてくれるかもね。:)
では、ニュースをお読みください。
Exclusive Statement during Bulgarian Government Meeting
Novinite.com reports today exclusively from the secret meeting of the Bulgarian Government, held earlier at the Council of Ministers building in Sofia.
By popular demand and due to the global economic crisis that has recently struck Bulgaria, it has been voted that the budget normally allotted for bringing Santa Claus to Bulgaria will be frozen.
Nevertheless, the Prime Minister read an exclusive statement by Santa Claus, who declares that he will come to Bulgaria on his own expenses and will bring a lot of presents, joy and smiles not only to the kids but also to the beautiful Bulgarian women and to the brave Bulgarian men who managed to survive the 2009 crisis year.
Novinite.com is the only news agency to cover the unique event, as Santa Claus, an English-speaking gentleman, is a committed reader of the media and knows that Novinite.com is the most influential from among all media in the country.
Happy Holidays and sincere wishes for millions of GOOD news in 2010 form your fully dedicated and professional team of Novinite.com! :)
暗いニュースばかりの私の身の回りでも、これは最高のニュースです。
私は子どもでも美女でも勇敢な男でもないけれども、何とか2009年も生き延びることができそうなので、今年も僕の靴下に何か入れてくれるかもね。:)
では、ニュースをお読みください。
Exclusive Statement during Bulgarian Government Meeting
Novinite.com reports today exclusively from the secret meeting of the Bulgarian Government, held earlier at the Council of Ministers building in Sofia.
By popular demand and due to the global economic crisis that has recently struck Bulgaria, it has been voted that the budget normally allotted for bringing Santa Claus to Bulgaria will be frozen.
Nevertheless, the Prime Minister read an exclusive statement by Santa Claus, who declares that he will come to Bulgaria on his own expenses and will bring a lot of presents, joy and smiles not only to the kids but also to the beautiful Bulgarian women and to the brave Bulgarian men who managed to survive the 2009 crisis year.
Novinite.com is the only news agency to cover the unique event, as Santa Claus, an English-speaking gentleman, is a committed reader of the media and knows that Novinite.com is the most influential from among all media in the country.
Happy Holidays and sincere wishes for millions of GOOD news in 2010 form your fully dedicated and professional team of Novinite.com! :)
2009年12月21日月曜日
2009年12月18日金曜日
分析
At Japanese Cliffs, a Campaign to Combat Suicide
日本における自殺の問題が極めて重大な問題であることは言うを俟たない。肝要なのは、緻密で深い分析に基づいた構造的な対策である。しかしNYTimesでさえこの程度の浅薄な記事しか書けないようでは、解決までの道のりは遠いと言わざるを得ない。経済的・心理学的説明だけで解決しないことは長年の失敗の蓄積を見れば容易に判る。そうではなく、歴史的・宗教的・社会的・文化的、その他あらゆる側面からの検討を進め、それらを総合してゆかなければ、この問題へは取り組めない。それほどまでに構造的な問題なのだ、これは。
日本における自殺の問題が極めて重大な問題であることは言うを俟たない。肝要なのは、緻密で深い分析に基づいた構造的な対策である。しかしNYTimesでさえこの程度の浅薄な記事しか書けないようでは、解決までの道のりは遠いと言わざるを得ない。経済的・心理学的説明だけで解決しないことは長年の失敗の蓄積を見れば容易に判る。そうではなく、歴史的・宗教的・社会的・文化的、その他あらゆる側面からの検討を進め、それらを総合してゆかなければ、この問題へは取り組めない。それほどまでに構造的な問題なのだ、これは。
2009年12月17日木曜日
喧嘩
羽毛田宮内庁長官を「少し」応援する
今日の山崎さんも正論を吐いている。列島を一歩出たらほとんど見向きもされないような瑣末な問題を私は一々日本のメディアで追っているわけではないので詳細は知らないが、しかし、政治家や官僚がどんどん喧嘩するというのは基本的には悪いことではあるまい。ただし皆さん、納税者に食わせてもらっている方々である以上、どうせ喧嘩を始めるのなら首をかけてやっていただかないと困る。納税者は痴話喧嘩に現を抜かせるためにあなた方に月給を払っているわけではない。
今日の山崎さんも正論を吐いている。列島を一歩出たらほとんど見向きもされないような瑣末な問題を私は一々日本のメディアで追っているわけではないので詳細は知らないが、しかし、政治家や官僚がどんどん喧嘩するというのは基本的には悪いことではあるまい。ただし皆さん、納税者に食わせてもらっている方々である以上、どうせ喧嘩を始めるのなら首をかけてやっていただかないと困る。納税者は痴話喧嘩に現を抜かせるためにあなた方に月給を払っているわけではない。
2009年12月15日火曜日
経済原則
Ancient Tablets Decoded; Shed Light on Assyrian Empire
すばらしい。まとまった解読成果を早く読みたい。
それと共にここにも行政の問題があることを知る。同じ経済至上主義の原則に立ったとしても、その地に今すぐダムを作るという経済原則に従うか、100年後200年後の国家・地域経済に資する長期的なコスト・アンド・ベネフィット原則に立つか、という選択はトルコ政府に残されていることを知るべきである。
すばらしい。まとまった解読成果を早く読みたい。
それと共にここにも行政の問題があることを知る。同じ経済至上主義の原則に立ったとしても、その地に今すぐダムを作るという経済原則に従うか、100年後200年後の国家・地域経済に資する長期的なコスト・アンド・ベネフィット原則に立つか、という選択はトルコ政府に残されていることを知るべきである。
2009年12月14日月曜日
人間としての醜さ
今朝の出勤途中、黄色の安全服を着て道路清掃をしていたロマ系ブルガリア人女性に向かって、ブルガール系ブルガリア人の若者たちが雪玉を投げつけていた。
彼らは私には投げつけなかった。そのことにほっとする私の醜さは、あの馬鹿者どもの醜さとさほど変わらないものだ。
彼らは私には投げつけなかった。そのことにほっとする私の醜さは、あの馬鹿者どもの醜さとさほど変わらないものだ。
会議の思い出
会議の思い出
私は会議というものはほとんど大学の教授会しか経験がないので、そうか、企業の会議というものはそんなにつまらないものなのか、と改めて教えられた。教授会は退屈だという教員は多いのだが、僕には実はそれほど退屈なものではなかった。議決権所有者は全員が研究者だから、あらゆる議論が知性の勝負の場となる。教授会初心者の時代の数年は喧嘩っ早い性格も手伝って山崎さんの言う「正統派」的行動、つまりしょっちゅう発言する、ということもしていたが、10年を過ぎたあたりから、実はものごとは会議自体ではなくほとんどそれ以外の場で決まっていくということが分かり始め、ここぞという場面でしか発言をしないように変わっていった。そして教授会を同僚たちのおつむの中身を評価する包括的機会として捉えるようになっていった。誰かが発言すれば、それが取りも直さずそいつのおつむの程度の評価資料になる。ああ、こいつ、成長したな、とか相変わらず馬鹿だな、とか、ああ、やっぱりこの人は今日も鋭いことを言うな、とか、そういうことを考えながら座っていた。大学運営に少し関わり始めた頃からは、それらの評価結果を、誰にどんな仕事をお願いするか、ということを決定する際の重要な参考にした。
自分の人生の一つの重要な場としてあれほど長年慣れ親しんでいた教授会というものから離れてはや3年が過ぎようとしている。会議というものが、議論というものが、大げさに言えば研究者生命を賭けた知性のぶつかり合いというものが、どういうものだったかを忘れ始めている自分を見出す時、人生というものは変わる時には本当にがらりと変わってしまうものだ、と苦笑を禁じえない。しかし、かと言ってノスタルジアを感じているわけでもない。この人生においては、話し合えば解決できる、というような程度の「問題」など、実は問題の内には入らない、ということを悟り始めているからでもあろう。
私は会議というものはほとんど大学の教授会しか経験がないので、そうか、企業の会議というものはそんなにつまらないものなのか、と改めて教えられた。教授会は退屈だという教員は多いのだが、僕には実はそれほど退屈なものではなかった。議決権所有者は全員が研究者だから、あらゆる議論が知性の勝負の場となる。教授会初心者の時代の数年は喧嘩っ早い性格も手伝って山崎さんの言う「正統派」的行動、つまりしょっちゅう発言する、ということもしていたが、10年を過ぎたあたりから、実はものごとは会議自体ではなくほとんどそれ以外の場で決まっていくということが分かり始め、ここぞという場面でしか発言をしないように変わっていった。そして教授会を同僚たちのおつむの中身を評価する包括的機会として捉えるようになっていった。誰かが発言すれば、それが取りも直さずそいつのおつむの程度の評価資料になる。ああ、こいつ、成長したな、とか相変わらず馬鹿だな、とか、ああ、やっぱりこの人は今日も鋭いことを言うな、とか、そういうことを考えながら座っていた。大学運営に少し関わり始めた頃からは、それらの評価結果を、誰にどんな仕事をお願いするか、ということを決定する際の重要な参考にした。
自分の人生の一つの重要な場としてあれほど長年慣れ親しんでいた教授会というものから離れてはや3年が過ぎようとしている。会議というものが、議論というものが、大げさに言えば研究者生命を賭けた知性のぶつかり合いというものが、どういうものだったかを忘れ始めている自分を見出す時、人生というものは変わる時には本当にがらりと変わってしまうものだ、と苦笑を禁じえない。しかし、かと言ってノスタルジアを感じているわけでもない。この人生においては、話し合えば解決できる、というような程度の「問題」など、実は問題の内には入らない、ということを悟り始めているからでもあろう。
2009年12月13日日曜日
16,000語突破
「ブルガリア語―日本語―ブルガリア語フリーオンライン辞典」の見出し語数がいつのまにか16,000を超えてることに気づいた。もう1,000語単位の区切りでいちいち感慨を催すような段階ではなくなったということだ。これからは1万語の区切りごとに感激させていただくことにする。
2009年12月10日木曜日
Студентски Празник
ブルガリア中の大学が休みになる「学生の日」。ソフィア大学日本専攻の学生たちは今年も一泊旅行に繰り出した。私は光栄にも今年も招待教師の中に入れていただいた。教師として大変名誉なことだ。学生諸君からの厳しくかつ温かい評価を通じてしか教師という生物は成長しないようにできている。この大学で教える最後の年度。最後の学生旅行。最後まで一生懸命私と付き合ってくれている学生諸君に敬意を表する。
旅行自体も、Златиをリーダーとする学生諸君の運営ぶりに感心した。計画段階から終了まで、完璧だったといってよい。教師たちは完全に「お客様」――文字通りそうであった。またそうであるべきなのだが。――としてただ旅を楽しんでさえいればよかった。
最後の年度に、学生たちのすばらしい成長を見せていただいた。これで安心して大学を去ることができる。
諸君、ありがとう。
旅行自体も、Златиをリーダーとする学生諸君の運営ぶりに感心した。計画段階から終了まで、完璧だったといってよい。教師たちは完全に「お客様」――文字通りそうであった。またそうであるべきなのだが。――としてただ旅を楽しんでさえいればよかった。
最後の年度に、学生たちのすばらしい成長を見せていただいた。これで安心して大学を去ることができる。
諸君、ありがとう。
2009年12月6日日曜日
2009年12月2日水曜日
プレゼント
いかにもこの季節らしい、スマートな贈り物だ。いい時代になった。
Looking over the Shoulder of the Creator of “A Christmas Carol”
Looking over the Shoulder of the Creator of “A Christmas Carol”
Rainer Maria Rilke
Rose, oh reiner Widerspruch, Lust,
Niemandes Schlaf zu sein unter soviel
Lidern.
永遠のコスモポリタン。しかし、彼には詩があった。私には何がある?
Niemandes Schlaf zu sein unter soviel
Lidern.
永遠のコスモポリタン。しかし、彼には詩があった。私には何がある?
2009年11月30日月曜日
2009年11月27日金曜日
言語政策のジレンマ
Slovakia: The Forbidden Languages
言語政策の難しさは、程度の差こそあれどの国家にもつきまとうのだが、EU加盟国の場合はさらにEUの共通理念というものが関わるのでさらに複雑さ・困難さが増す。困難で壮大な実験は続く。
しかし、最も根本的な問題は、アイデンティティという得体の知れないものをでっち上げてしまった頃から人類が自縄自縛に陥ってしまっていることなのだろう。
言語政策の難しさは、程度の差こそあれどの国家にもつきまとうのだが、EU加盟国の場合はさらにEUの共通理念というものが関わるのでさらに複雑さ・困難さが増す。困難で壮大な実験は続く。
しかし、最も根本的な問題は、アイデンティティという得体の知れないものをでっち上げてしまった頃から人類が自縄自縛に陥ってしまっていることなのだろう。
2009年11月26日木曜日
かわら塾閉塾
35年の歴史。3000名を超える塾生が学んだ。そのほとんどは欧米人で、多くが教師・研究者だった。民間塾として、20世紀の最後の四半世紀、京都における日本語教育/研究・日本研究の中心地だったといってよい。そこに関わった教師・塾生で、現在世界的に活躍する者も数多い。
私も20代から30代にかけての新米教師時代の多くの時間をそこで過ごした。京都の町家の畳の上で、教師も塾生も座卓を囲んで座布団の上に背中を丸め、長い時間、談笑し、議論し、喧嘩をした。
人間としても教師としても研究者としても、若き日の私を創り、現在の私という人間のかなりの部分を育ててくれた場であった。授業後塾生たちと朝まで京都の街で飲み、そのまま翌朝の授業に一緒に出かけるというようなことを続けていた時代もあるし、ひとり住み込んで毎日仕事をしていた時代もある。
国籍・宗教・文化・領域を超えて、世界中から集まったみんなは、若く、激しく、そして猛烈に勉強した。勉強しない奴は相手にされなかった。私はアリストテレスから現代量子論、ジェンダー理論まで、すべてそこで出会った世界中の専門家たちから手ほどきを受けた。
もう、あんな場所が日本のどこかに出現することは二度とないだろう。
建物は消えるが、そこで育った者たちの間に育まれた精神は消えることはない。渡辺征三郎塾長の育んだその精神は国境・世代を超えて間違いなく継承されていく。陳腐に聞こえるかもしれないが、掛け値なしにそう思う。
私も20代から30代にかけての新米教師時代の多くの時間をそこで過ごした。京都の町家の畳の上で、教師も塾生も座卓を囲んで座布団の上に背中を丸め、長い時間、談笑し、議論し、喧嘩をした。
人間としても教師としても研究者としても、若き日の私を創り、現在の私という人間のかなりの部分を育ててくれた場であった。授業後塾生たちと朝まで京都の街で飲み、そのまま翌朝の授業に一緒に出かけるというようなことを続けていた時代もあるし、ひとり住み込んで毎日仕事をしていた時代もある。
国籍・宗教・文化・領域を超えて、世界中から集まったみんなは、若く、激しく、そして猛烈に勉強した。勉強しない奴は相手にされなかった。私はアリストテレスから現代量子論、ジェンダー理論まで、すべてそこで出会った世界中の専門家たちから手ほどきを受けた。
もう、あんな場所が日本のどこかに出現することは二度とないだろう。
建物は消えるが、そこで育った者たちの間に育まれた精神は消えることはない。渡辺征三郎塾長の育んだその精神は国境・世代を超えて間違いなく継承されていく。陳腐に聞こえるかもしれないが、掛け値なしにそう思う。
狂信
The Serbian Charade
時折、どのように考えればそのような話になるのか、と耳を疑いたくなることがある。この問題もその一つだ。頭を冷やせ、と言ったぐらいでは到底治りそうもない、この手合いを一体扱えばいいのだろう。
時折、どのように考えればそのような話になるのか、と耳を疑いたくなることがある。この問題もその一つだ。頭を冷やせ、と言ったぐらいでは到底治りそうもない、この手合いを一体扱えばいいのだろう。
2009年11月25日水曜日
異文化の中で生活するということ
Moving house needn't leave you speechless
引越しに限らない。銀行。役所。病院。。。その文化の中で生まれ育ったものでもストレスの多いものだ。外国人には本当に大変だ。
解決策はただ一つ。その文化を熟知した親切な友人を見つけること。親切なだけではだめである。優秀であることが第一条件だ。
最悪のケース?極めて親切で極めて無能な友人に間違って頼ってしまった場合である。XD
引越しに限らない。銀行。役所。病院。。。その文化の中で生まれ育ったものでもストレスの多いものだ。外国人には本当に大変だ。
解決策はただ一つ。その文化を熟知した親切な友人を見つけること。親切なだけではだめである。優秀であることが第一条件だ。
最悪のケース?極めて親切で極めて無能な友人に間違って頼ってしまった場合である。XD
2009年11月24日火曜日
日高敏隆氏死去
優秀な研究者であったと同時に、戦後の日本において、生き物たちの多様な世界を一般の人々に分かりやすく伝え続け、日本のたくさんの生き物好き少年たち――恥ずかしながら私もその端くれだった――の心を育てた人だった。
私も自分の「先生」たちが次々とあの世に旅立つ年齢になった。
私も自分の「先生」たちが次々とあの世に旅立つ年齢になった。
2009年11月23日月曜日
ゴッホの書簡
"I saw a magnificent and very strange effect this evening. A very large boat laden with coal on the Rhône, moored at the quay. Seen from above it was all glistening and wet from a shower; the water was a white yellow and clouded pearl-grey, the sky lilac and an orange strip in the west, the town violet. On the boat, small workmen, blue and dirty white, were coming and going. Carrying the cargo ashore. It was pure Hokusai. It was too late to do it, but one day, when this coal-boat comes back, it'll have to be tackled."
1888年7月31日付、弟Theoに宛てた書簡。
書籍なら325ポンド。しかしこのサイトならすべて読むことができる。人類の宝の一人の内的世界を誰もが訪れることができる。すべての関係者に敬意を表したい。
1888年7月31日付、弟Theoに宛てた書簡。
書籍なら325ポンド。しかしこのサイトならすべて読むことができる。人類の宝の一人の内的世界を誰もが訪れることができる。すべての関係者に敬意を表したい。
2009年11月22日日曜日
“inappropriate” と “unacceptable”
Words that think for us
短い記事だが、鋭い指摘である。最後の結論はあまりにもおめでたいものでがっかりしたが。
筆者は、“improper” や “indecent”で形容されていた事態が、現在では“inappropriate” や “unacceptable”で表現されることが多くなっており、その傾向は1980年代のpolitical correctnessの決まり文句あたりから顕著になったと見ている。
しかし、根源にあるのはそんな表層の問題ではないような気がする。筆者がそれをモラルの言葉の衰退と関連付けていることからも分かるように、これは大きな物語の崩壊という文脈で考えたほうがいいのではないか。ここでいう大きな物語とは、広い意味で「正しさ」と言い換えてよい。何を正しいと考えるのが「正しい」のか、何を美しいと感じるのが「正しい」のか、何を善いものと判断するのが「正しい」のか、である。とすると、これはポストモダンであるということになる。
私は少し前から、なぜ現代日本がこんなに軽々とポストモダンの流れの中を漂い続けるのかを考えている。それが、“inappropriate” や “unacceptable”で表されるものと同型だと思われる「世間」の問題(その最新ヴァージョンは「KY」だろう)なのか、「許せない」で表現されるような独我論の問題なのかを考えている。しかし、最近考えているのは、「世間」の話も「許せない」の話も恐らく共に独我論の問題なのではないか、ということだ。「他者」がまったく存在しない、という意味の独我論である。
12月の「日本に関する懇談会」のテーマは「いじめ」である。そこに向けて、この角度からもう少し考えを進めていってみようと考えている。
短い記事だが、鋭い指摘である。最後の結論はあまりにもおめでたいものでがっかりしたが。
筆者は、“improper” や “indecent”で形容されていた事態が、現在では“inappropriate” や “unacceptable”で表現されることが多くなっており、その傾向は1980年代のpolitical correctnessの決まり文句あたりから顕著になったと見ている。
しかし、根源にあるのはそんな表層の問題ではないような気がする。筆者がそれをモラルの言葉の衰退と関連付けていることからも分かるように、これは大きな物語の崩壊という文脈で考えたほうがいいのではないか。ここでいう大きな物語とは、広い意味で「正しさ」と言い換えてよい。何を正しいと考えるのが「正しい」のか、何を美しいと感じるのが「正しい」のか、何を善いものと判断するのが「正しい」のか、である。とすると、これはポストモダンであるということになる。
私は少し前から、なぜ現代日本がこんなに軽々とポストモダンの流れの中を漂い続けるのかを考えている。それが、“inappropriate” や “unacceptable”で表されるものと同型だと思われる「世間」の問題(その最新ヴァージョンは「KY」だろう)なのか、「許せない」で表現されるような独我論の問題なのかを考えている。しかし、最近考えているのは、「世間」の話も「許せない」の話も恐らく共に独我論の問題なのではないか、ということだ。「他者」がまったく存在しない、という意味の独我論である。
12月の「日本に関する懇談会」のテーマは「いじめ」である。そこに向けて、この角度からもう少し考えを進めていってみようと考えている。
2009年11月20日金曜日
2009年11月16日月曜日
epoché
真の意味で何かを探求したいのなら、本当に自らの経験を吟味し、理解したいのなら、その前に、自然的な態度に基づく判断を中止することだ。
これが、フッサールから僕が学んだエポケーということの意味だ。
これが、フッサールから僕が学んだエポケーということの意味だ。
2009年11月15日日曜日
我々は過去を変えることができる。
Waking the dead
Eagleton, Benjamin, Freud, Brecht.役者が揃い、読者に「思考せよ。」と迫る。
忘却と闘うこと。それだけが過去を変え、現在を在らしめ、未来を創る。
Eagleton, Benjamin, Freud, Brecht.役者が揃い、読者に「思考せよ。」と迫る。
忘却と闘うこと。それだけが過去を変え、現在を在らしめ、未来を創る。
コンビ
といってもいいのだろう。Isaiah BerlinはHenry Hardyの献身的な編集作業がなければ、これほどまでに現在研究される思想家にはなっていなかっただろうということを知った。
玉を見出すことのできた者も幸福であるし、見出し、研磨をしてくれる者を得た玉のほうも幸福である。
Isaiah Berlin, Beyond the Wit
玉を見出すことのできた者も幸福であるし、見出し、研磨をしてくれる者を得た玉のほうも幸福である。
Isaiah Berlin, Beyond the Wit
2009年11月13日金曜日
選択と喪失
Some of the Great Goods cannot live together. That is a conceptual truth. We are doomed to choose, and every choice may entail an irreparable loss.(Isaiah Berlin)
2009年11月12日木曜日
Dan Sperber
私の好きな学者の一人だが、最近彼がブログをやっていることを知った。論文同様に、或いは論文の時よりも生き生きと、彼の知性が伝わってくる。例えばこれを見よ。
Grieving animals?
Grieving animals?
Jane Austen
死去する1817年、恐らくリンパ腫系の病に苦しんでいた頃、彼女は8歳になる姪に新年の挨拶を送る。
“Ym raed Yssac,I hsiw uoy a yppah wen raey.”
彼女の作品を読んで、200年近くも前に亡くなった作家の、人間のコミュニケーションへの問題へのその近代/現代的な洞察の深さに驚嘆する者には、死の床にあるといってもいいような状態の、42歳の誕生日を迎えたばかりのAustenの、早熟の姪に対する愛情に溢れたユーモアと茶目っ気を読み取ることができるだろう。
ある物事に真剣に取り組むと同時に、その物事自身、またそれに真剣に取り組む自分自身をも揶揄の対象にすること。それをイロニーと呼ぶなら、Jane Austenは私のイロニーの大先輩である。
“Ym raed Yssac,I hsiw uoy a yppah wen raey.”
彼女の作品を読んで、200年近くも前に亡くなった作家の、人間のコミュニケーションへの問題へのその近代/現代的な洞察の深さに驚嘆する者には、死の床にあるといってもいいような状態の、42歳の誕生日を迎えたばかりのAustenの、早熟の姪に対する愛情に溢れたユーモアと茶目っ気を読み取ることができるだろう。
ある物事に真剣に取り組むと同時に、その物事自身、またそれに真剣に取り組む自分自身をも揶揄の対象にすること。それをイロニーと呼ぶなら、Jane Austenは私のイロニーの大先輩である。
JAL問題と労働者の権利
山崎さんが正論を展開している。
OBの年金は強制削減すべきではない
初めてこの話を聞いたときは、どうせすぐ潰れる話だろうとたかをくくっていたのだが、山崎さんの口調を見ると、どうもそうでもないらしい。いつから、こんな当然のことを一生懸命主張しなければならないような国になってしまったのか。日本の知性も落ちたものである。
2009年11月10日火曜日
「言語習得」の開始
Birgit Mampe, Angela D. Friederici, Anne Christophe and Kathleen WermkeのNewborns' Cry Melody Is Shaped by Their Native Language(Current Biology11月5日号)は、新生児の泣き声のパターン分析から、胎児期の最終期3ヶ月間に既に言語習得が開始されているらしいということを明らかにした。
経験則では恐らくそうだろうとは思っていたが、検証された意義は大きい。
経験則では恐らくそうだろうとは思っていたが、検証された意義は大きい。
2009年11月9日月曜日
ベルリンの壁崩壊20周年
20年前の今日だった。
20 years after the Berlin Wall's fall: An East European looks back
The Washington Timesらしく愚かしいまでにバイアスのかかった記事だが、ようやくブルガリアにも新しい世代が出現しつつある、という指摘には同意する。
国外で鍛えられた者たちが戻り、新世代が社会を動かすようになる時代、10年から20年後、この国は見違えるような国になっているだろう。それをこの眼で見たいと私は思う。
20 years after the Berlin Wall's fall: An East European looks back
The Washington Timesらしく愚かしいまでにバイアスのかかった記事だが、ようやくブルガリアにも新しい世代が出現しつつある、という指摘には同意する。
国外で鍛えられた者たちが戻り、新世代が社会を動かすようになる時代、10年から20年後、この国は見違えるような国になっているだろう。それをこの眼で見たいと私は思う。
Lévi-Strauss先生
亡くなって一週間が過ぎた。色々な追悼記事が出揃ってきた。
「世界は人類なしで始まった。そして間違いなくそれなしで終わりを迎えるだろう。」
Tristes Tropiquesの中の一節である。彼に対していろいろな批判を行うことは可能だ。しかし、このスケールの大きな構えの中でこそ彼にしか可能ではなかった様々な研究が生まれてきたということ。それが最も重要なことだと思う。
「世界は人類なしで始まった。そして間違いなくそれなしで終わりを迎えるだろう。」
Tristes Tropiquesの中の一節である。彼に対していろいろな批判を行うことは可能だ。しかし、このスケールの大きな構えの中でこそ彼にしか可能ではなかった様々な研究が生まれてきたということ。それが最も重要なことだと思う。
2009年11月8日日曜日
「新聞」の将来
「新聞の通信簿」(経済記事担当)を振り返る
山崎さんの言うとおりだろう。
しかし、ことは新聞に限った話ではない。話を敷衍していけば、それが、柄谷行人が20年前に指摘したような、100年ほど前の日本における「知識人」と「大衆」の時代の終焉の繰り返しなのか、それとも本当に大文字の「物語」の時代が終わろうとしているのか、まだ私にはわからない。
しかし、組織ではなく個々の人物そのものが評価される時代、そういう時代が訪れようとしていることだけは間違いないだろう。
山崎さんの言うとおりだろう。
しかし、ことは新聞に限った話ではない。話を敷衍していけば、それが、柄谷行人が20年前に指摘したような、100年ほど前の日本における「知識人」と「大衆」の時代の終焉の繰り返しなのか、それとも本当に大文字の「物語」の時代が終わろうとしているのか、まだ私にはわからない。
しかし、組織ではなく個々の人物そのものが評価される時代、そういう時代が訪れようとしていることだけは間違いないだろう。
2009年11月7日土曜日
日本語は「変わる」のか?
Is Technology Dumbing Down Japanese?
「変わる」ということの定義にもよるだろう。しかし、この列島の中心部で用いられてきた言葉は幾多の激動期を経てもなおその核心部分を変えていないと私は思う。そうでなければ、辞書をひきながらでも曲がりなりにも1300年前のテクストが読めるはずがない。この言語が経験してきたいくつかの大きな試練を考えれば、ケータイ小説やeメールがもたらしていると言われる「変化」など、少なくとも、大陸文化の流入、明治維新、第2次世界大戦での敗北、などの諸々の大変動と同レベルのものだろう。
言語としての存亡の危機を何度も乗り切って1300年を生き抜いてきた言葉は、そう簡単には死なない。
「変わる」ということの定義にもよるだろう。しかし、この列島の中心部で用いられてきた言葉は幾多の激動期を経てもなおその核心部分を変えていないと私は思う。そうでなければ、辞書をひきながらでも曲がりなりにも1300年前のテクストが読めるはずがない。この言語が経験してきたいくつかの大きな試練を考えれば、ケータイ小説やeメールがもたらしていると言われる「変化」など、少なくとも、大陸文化の流入、明治維新、第2次世界大戦での敗北、などの諸々の大変動と同レベルのものだろう。
言語としての存亡の危機を何度も乗り切って1300年を生き抜いてきた言葉は、そう簡単には死なない。
「外国で活躍する日本人」
という馬鹿なタイトルに敢えてした。
決して大言壮語することなく、批判にもじっと耐え、しかし最後にはいい仕事をする人が、私は好きだ。自分がそうありたいと思いながら叶わぬ夢だからであろう。
「異文化環境」という一言で済ませられぬ厳しさの中に敢えて飛び込んでいき、さらにこれまで以上の力を発揮するということは並大抵のことではない。しかし、それに挑戦し続けている/続けた者は大勢いる。スポーツの世界なら、それは野茂であり、中田であり、イチローであり、松井である。
松井のMVPに心からの称讃を送りたい。
決して大言壮語することなく、批判にもじっと耐え、しかし最後にはいい仕事をする人が、私は好きだ。自分がそうありたいと思いながら叶わぬ夢だからであろう。
「異文化環境」という一言で済ませられぬ厳しさの中に敢えて飛び込んでいき、さらにこれまで以上の力を発揮するということは並大抵のことではない。しかし、それに挑戦し続けている/続けた者は大勢いる。スポーツの世界なら、それは野茂であり、中田であり、イチローであり、松井である。
松井のMVPに心からの称讃を送りたい。
2009年11月6日金曜日
多様性というもの
Apples, Apples, Apples
1905年、アメリカ合州国には6,500種のリンゴがあった。それが現在のマーケットではたった11種が市場に出回るリンゴの90%を独占している。中でもRed Deliciousという品種が市場の半分近くを占めている、とKLINKENBORGはいう。
「堕落した資本主義」とか「市場原理主義の横暴」とかいった青臭いことを言うつもりはない。KLINKENBORGもさすがにそんな馬鹿なことは言っていない。
資本主義というものは本来そういうものだ。均質化と効率化と無限の膨張。それしかない。それがなければ資本主義ではない。
だからといって、世界が彼の国や日本のように成り果ててしまっていいかというと、断じてそうではない。
ここで、KLINKENBORGよりも有利な立場にいる、つまり超高度資本主義国に住まないという贅沢をしている私が言いたいのは、でもうちはうちのリンゴを食べる、なぜならばうちのリンゴがうちの者にとっては一番おいしいリンゴだから、という論理は本当に消えてしまっていいのかということだ。
リンゴ・ナシ・ハチミツ・ヨーグルト・タマゴ・・・・・・・・ありがたくいただく、ありとあらゆる食べ物に必ず「うちの」「おじいちゃんの」「おばあちゃんの」という修飾語がついてくる国に暮らし、しかしリンゴをまるかじりできなくなった歯を持て余している私の感想である。
1905年、アメリカ合州国には6,500種のリンゴがあった。それが現在のマーケットではたった11種が市場に出回るリンゴの90%を独占している。中でもRed Deliciousという品種が市場の半分近くを占めている、とKLINKENBORGはいう。
「堕落した資本主義」とか「市場原理主義の横暴」とかいった青臭いことを言うつもりはない。KLINKENBORGもさすがにそんな馬鹿なことは言っていない。
資本主義というものは本来そういうものだ。均質化と効率化と無限の膨張。それしかない。それがなければ資本主義ではない。
だからといって、世界が彼の国や日本のように成り果ててしまっていいかというと、断じてそうではない。
ここで、KLINKENBORGよりも有利な立場にいる、つまり超高度資本主義国に住まないという贅沢をしている私が言いたいのは、でもうちはうちのリンゴを食べる、なぜならばうちのリンゴがうちの者にとっては一番おいしいリンゴだから、という論理は本当に消えてしまっていいのかということだ。
リンゴ・ナシ・ハチミツ・ヨーグルト・タマゴ・・・・・・・・ありがたくいただく、ありとあらゆる食べ物に必ず「うちの」「おじいちゃんの」「おばあちゃんの」という修飾語がついてくる国に暮らし、しかしリンゴをまるかじりできなくなった歯を持て余している私の感想である。
Ex-patと哀愁
今届いたハーグのOPCWの春具さんのメルマガの最新号「哀愁のヨーロッパ」で、ex-patと「哀愁」の関係が、50年ほど前人種差別を嫌いヨーロッパに大挙移住したアフリカ系アメリカ人ジャズミュージシャンたちを例に述べられている。少し長いが引用する。
「ともかく、デクスター・ゴードンもバド・パウウェルもデューク・ジョーダンもみんなヨーロッパにおいては ex-patであり、alienなのであった。そしてわたくしも小橋さんもオランダに数年腰をかけているだけという非愛国者なのであり、合法的に滞在してはいるが宇宙人なのであります。そしてその気分は、大宰府へ流された菅原道真、鬼界島へ送られた俊寛僧都と似ている。エックスパットというのは、わたくしもふくめて、ここは仮の住まいでほんとうの住まいはどこかほかにあると思っている、すなわちじぶんの居場所がわからない異国在住者なのであります。
その無常は、デクスター・ゴードンの傑作「Our Man in Paris」や「Something Different」のソロの行間から聴き取れるではないか。パリにいながら、彼の精神はマンハッタン57丁目のクラブを思い出している。コペンハーゲンでギグをしながら、ニューヨークのジャズ仲間とのセッションを思い出している。激しいブローはそれらをふっきらんとするばかりであります。デクスター・ゴードンを主役にした「Round Midnight」という映画がありましたが、あの映画が綴ったように、ローカルなミュージシャンたちにどんなに敬われても、異国にひとりでいる寂しさはぬぐえない。それは道真が梅の木を眺めて都を思い、(風流のレベルは違いますが)わたくしが運河の落ち葉を見て龍田川を思いだすのと似ている。またそれは邦人ビジネスマンが本社の人事をいつも気にしているのにも似ています。エックスパットは、程度の差はあれ、常にこのような屈曲したメンタリティを持って外国暮らしをしているのではないか。そしてそれこそがモダンジャズ・ファンがヨーロッパのジャズに聴く「哀愁」だったと思うのであります。」
私は現在でもある程度そうだが1年後には名実ともにex-patになる。季節もまさに秋、私も「哀愁」の中にある。ただ、その哀愁は上に述べられた類のノスタルジーや根無し草的な哀愁ではない。つまりどこかに根拠地があるべきで、それを奪われた、或いは(失って)持たぬが故の哀愁、という種類の哀愁ではない。うまく説明できないのだが、上記のような「相対的孤独」とは異なる「絶対的孤独」の感覚、とでも呼ぶべきものからもたらされる「哀愁」なのだ。もちろんどのような境遇にあろうとも人は原理的に常に既に絶対的孤独の中にある。「無常」は私の、或いはあなたの身の上にだけあるのではない。
恐らく現在の私はそれが日々、刻一刻、魂に刻み込まれるような生を送っている、ということなのかもしれない。
「ともかく、デクスター・ゴードンもバド・パウウェルもデューク・ジョーダンもみんなヨーロッパにおいては ex-patであり、alienなのであった。そしてわたくしも小橋さんもオランダに数年腰をかけているだけという非愛国者なのであり、合法的に滞在してはいるが宇宙人なのであります。そしてその気分は、大宰府へ流された菅原道真、鬼界島へ送られた俊寛僧都と似ている。エックスパットというのは、わたくしもふくめて、ここは仮の住まいでほんとうの住まいはどこかほかにあると思っている、すなわちじぶんの居場所がわからない異国在住者なのであります。
その無常は、デクスター・ゴードンの傑作「Our Man in Paris」や「Something Different」のソロの行間から聴き取れるではないか。パリにいながら、彼の精神はマンハッタン57丁目のクラブを思い出している。コペンハーゲンでギグをしながら、ニューヨークのジャズ仲間とのセッションを思い出している。激しいブローはそれらをふっきらんとするばかりであります。デクスター・ゴードンを主役にした「Round Midnight」という映画がありましたが、あの映画が綴ったように、ローカルなミュージシャンたちにどんなに敬われても、異国にひとりでいる寂しさはぬぐえない。それは道真が梅の木を眺めて都を思い、(風流のレベルは違いますが)わたくしが運河の落ち葉を見て龍田川を思いだすのと似ている。またそれは邦人ビジネスマンが本社の人事をいつも気にしているのにも似ています。エックスパットは、程度の差はあれ、常にこのような屈曲したメンタリティを持って外国暮らしをしているのではないか。そしてそれこそがモダンジャズ・ファンがヨーロッパのジャズに聴く「哀愁」だったと思うのであります。」
私は現在でもある程度そうだが1年後には名実ともにex-patになる。季節もまさに秋、私も「哀愁」の中にある。ただ、その哀愁は上に述べられた類のノスタルジーや根無し草的な哀愁ではない。つまりどこかに根拠地があるべきで、それを奪われた、或いは(失って)持たぬが故の哀愁、という種類の哀愁ではない。うまく説明できないのだが、上記のような「相対的孤独」とは異なる「絶対的孤独」の感覚、とでも呼ぶべきものからもたらされる「哀愁」なのだ。もちろんどのような境遇にあろうとも人は原理的に常に既に絶対的孤独の中にある。「無常」は私の、或いはあなたの身の上にだけあるのではない。
恐らく現在の私はそれが日々、刻一刻、魂に刻み込まれるような生を送っている、ということなのかもしれない。
2009年11月4日水曜日
2009年10月31日土曜日
2009年10月30日金曜日
移動
比重のある時間が、多義的な古い夢のように君にのしかかってくる。きみはその時間をくぐり抜けるように移動をつづける。たとえ世界の縁までいっても、君はそんな時間から逃れることはできないだろう。でも、もしそうだとしても、君はやはり世界の縁まで行かないわけにはいかない。世界の縁まで行かないことにはできないことだってあるのだから。
(村上春樹『海辺のカフカ』2002)
(村上春樹『海辺のカフカ』2002)
2009年10月29日木曜日
カフカの夢
・・・僕は最後の決着をつける、というよりも、見届けるために、田舎の小さなローカル線(か、ひょっとしたらトラムかもしれない。二両編成だ)に乗って、ある駅に向かっている・・・
・・・降りる準備で、小さいくせにずいぶん重いリュックを再び背負う、というよりも、結構混んでいるので他の乗客の迷惑にならぬように背負い直すのに気を使うのだ。背中のほうのどこからか無言の一本の手が伸びて背負うのを手助けしてくれる。振り返ると、さっきの(なぜ「さっきの」なんだろう。僕はなぜ彼女を知っているんだろう?)年配の女性だ。顔を見ずに、うつむいたまま僕は小声で礼を言う・・・
・・・間違えて、一つ手前の駅で降りてしまい、あわててまたすぐに同じ電車に飛び乗る・・・
・・・都知事「やれやれ。やっぱり二つあったのか。そんなことじゃねえかと思ってたよ。それで?今ひとまず片をつけておいて、あれが戻ってきてから改めて精算するか、それとも、つけにしといて、最後に全部まとめて帳尻を合わせるか?どっちにする?」・・・
・・・あとですべてまとめて精算すればいいだろう、いずれにしろ片がついていないことは他にもいくつか残っている・・・
・・・降りる準備で、小さいくせにずいぶん重いリュックを再び背負う、というよりも、結構混んでいるので他の乗客の迷惑にならぬように背負い直すのに気を使うのだ。背中のほうのどこからか無言の一本の手が伸びて背負うのを手助けしてくれる。振り返ると、さっきの(なぜ「さっきの」なんだろう。僕はなぜ彼女を知っているんだろう?)年配の女性だ。顔を見ずに、うつむいたまま僕は小声で礼を言う・・・
・・・間違えて、一つ手前の駅で降りてしまい、あわててまたすぐに同じ電車に飛び乗る・・・
・・・都知事「やれやれ。やっぱり二つあったのか。そんなことじゃねえかと思ってたよ。それで?今ひとまず片をつけておいて、あれが戻ってきてから改めて精算するか、それとも、つけにしといて、最後に全部まとめて帳尻を合わせるか?どっちにする?」・・・
・・・あとですべてまとめて精算すればいいだろう、いずれにしろ片がついていないことは他にもいくつか残っている・・・
Happy Life Years
HAPPY LIFE YEARS IN 148 NATIONS 2000-2009
日本国籍所持者でありブルガリア在住ではあるが、このデータは少なくともこの僕にはまったく当てはまらない。なぜならば、僕にとってはこれからの50年がTruly Happy Life Yearsであり、これまでの50年は所詮その準備期間に過ぎなかったからだ。XD
日本国籍所持者でありブルガリア在住ではあるが、このデータは少なくともこの僕にはまったく当てはまらない。なぜならば、僕にとってはこれからの50年がTruly Happy Life Yearsであり、これまでの50年は所詮その準備期間に過ぎなかったからだ。XD
2009年10月27日火曜日
2009年10月26日月曜日
かに星雲
2009年10月23日金曜日
きょうの山崎元
日本郵政はいったいどうなるのか?
やはりこの人は、こういう問題に関して発言する時が最も鋭いし、まっとうであるし、私は好きである。
その主張に関しても同意する。
問題は――世の中はほとんどそういうものだということは認めた上で言うのだが――その本質を理解できる/する/しようとする者は少ない、さらにそれを実行に移せる者はもっと少数だということだ。
彼ぐらいの人物は、ブログなんかで遊んでいないで、早く国家行政に携わってもらいたい。その時期はもうそろそろではないかという予感のようなものはあるのだが。
やはりこの人は、こういう問題に関して発言する時が最も鋭いし、まっとうであるし、私は好きである。
その主張に関しても同意する。
問題は――世の中はほとんどそういうものだということは認めた上で言うのだが――その本質を理解できる/する/しようとする者は少ない、さらにそれを実行に移せる者はもっと少数だということだ。
彼ぐらいの人物は、ブログなんかで遊んでいないで、早く国家行政に携わってもらいたい。その時期はもうそろそろではないかという予感のようなものはあるのだが。
2009年10月16日金曜日
2009年10月13日火曜日
2009年10月12日月曜日
労働組合
連合は労組の本分に返れ
日本経済新聞の社説に時折出てくる、まっすぐな社説が今日も出た。
健全な労働組合が常に正論を展開しないところに発展はない。
そういえば社会主義の大先輩のここブルガリアの労働組合はどうなのだろう。あまり話を聞かない。大学の教職員組合のこともあまり耳にしない。ましてや大学の非常勤講師の組合などは、そもそも存在さえしていないのではないか。
日本経済新聞の社説に時折出てくる、まっすぐな社説が今日も出た。
健全な労働組合が常に正論を展開しないところに発展はない。
そういえば社会主義の大先輩のここブルガリアの労働組合はどうなのだろう。あまり話を聞かない。大学の教職員組合のこともあまり耳にしない。ましてや大学の非常勤講師の組合などは、そもそも存在さえしていないのではないか。
2009年10月10日土曜日
ブルガリアにおけるムスリム
Bulgaria Muslims Number Close to One Million
国内での彼らの「見え方」が気になる。私の交際範囲の狭さだけが原因ではあるまい。
きのうもモスクが二つ、一夜のうちに燃え落ちた。
ロマの人々への対応も含めて、早いうちに国家として積極的な政策を打ち出さなければ、いずれ大きな付けを払うことになるだろう。
国内での彼らの「見え方」が気になる。私の交際範囲の狭さだけが原因ではあるまい。
きのうもモスクが二つ、一夜のうちに燃え落ちた。
ロマの人々への対応も含めて、早いうちに国家として積極的な政策を打ち出さなければ、いずれ大きな付けを払うことになるだろう。
2009年10月8日木曜日
2009年10月6日火曜日
2009年10月3日土曜日
2009年10月2日金曜日
2009年10月1日木曜日
2009年9月30日水曜日
2009年9月27日日曜日
仲間
ユーラシア大陸を西に向かって横断するトルコ航空便。
たまたま隣席に座った白人男性が一心不乱に岩波文庫の般若心経に読み耽っている。そこで日本語で話しかけてみる。ところがなんと日本語は話せないとドイツ語で答えてくる。びっくりした私は、英語に切り替え、でもお前は(一瞬で同類と見て取ると実際突然こんな口調に変わる。それは相手も同じこと)、いま岩波文庫の般若心経を読んでいたではないかと言う。すると彼も英語に切り替えてくれて、実は俺はミュンヘンの大学でサンスクリットを教えているのだが、今は京都で開かれていたサンスクリット学会の帰りで、京都の本屋で買った般若心経(或いは併載されているもう一つの経典だったかもしれないが)を、漢字はまったく読めないのだが、巻末のサンスクリット原典を頼りに「味わっている」のだ、と言う。おお、ここにも仲間がいた。
12時間の長旅は充実した対話の時間となり、名刺を交換し、再会を約してイスタンブール空港で別れる。
私は生きている、動いている、と感じることのできるのはこういう時である。
たまたま隣席に座った白人男性が一心不乱に岩波文庫の般若心経に読み耽っている。そこで日本語で話しかけてみる。ところがなんと日本語は話せないとドイツ語で答えてくる。びっくりした私は、英語に切り替え、でもお前は(一瞬で同類と見て取ると実際突然こんな口調に変わる。それは相手も同じこと)、いま岩波文庫の般若心経を読んでいたではないかと言う。すると彼も英語に切り替えてくれて、実は俺はミュンヘンの大学でサンスクリットを教えているのだが、今は京都で開かれていたサンスクリット学会の帰りで、京都の本屋で買った般若心経(或いは併載されているもう一つの経典だったかもしれないが)を、漢字はまったく読めないのだが、巻末のサンスクリット原典を頼りに「味わっている」のだ、と言う。おお、ここにも仲間がいた。
12時間の長旅は充実した対話の時間となり、名刺を交換し、再会を約してイスタンブール空港で別れる。
私は生きている、動いている、と感じることのできるのはこういう時である。
2009年9月26日土曜日
2009年9月25日金曜日
One-in-four Japan women 'elderly'
One-in-four Japan women 'elderly'
女性の4人に1人、男性の5人に1人が65歳以上だということをもっと積極的に活かす社会(観)が、そろそろ必要な時がきた。
女性の4人に1人、男性の5人に1人が65歳以上だということをもっと積極的に活かす社会(観)が、そろそろ必要な時がきた。
Bikinis Make Men See Women as Objects, Scans Confirm
Bikinis Make Men See Women as Objects, Scans Confirm
進化上の問題か、教育の問題か。少なくとも私だけの欠点ではないことが明らかになったようで。。。
進化上の問題か、教育の問題か。少なくとも私だけの欠点ではないことが明らかになったようで。。。
I think, therefore I earn
I think, therefore I earn
哲学という固有の領域自体が優れているということだけではないだろう。ここで重要視されている分析力・明確な思考・コミュニケーション力などを鍛えるには哲学が最も適した領域であるということなのだろう。いかなる領域であれ、それらが極めて重要な能力であることは言うをまたないし、他の領域でも涵養することのできる能力だ。
哲学という固有の領域自体が優れているということだけではないだろう。ここで重要視されている分析力・明確な思考・コミュニケーション力などを鍛えるには哲学が最も適した領域であるということなのだろう。いかなる領域であれ、それらが極めて重要な能力であることは言うをまたないし、他の領域でも涵養することのできる能力だ。
Reading Kafka 'enhances cognitive mechanisms', claims study
Reading Kafka 'enhances cognitive mechanisms', claims study
それはそうだろう、と思う。ただ問題はそれがどの程度長続きするかだ。経験則によれば、残念ながらそれは望み薄のようだ。
それはそうだろう、と思う。ただ問題はそれがどの程度長続きするかだ。経験則によれば、残念ながらそれは望み薄のようだ。
2009年9月23日水曜日
主語の複数性或いは関係の存在論
「以上のような形に還元されない命題の最もわかりやすい実例は、数学的な観念を借用している命題である。たとえば、「三人の人がいる」というように、すべて数を断言することは、主語のおのおのに、一つの述語をもまた同時に与えておるかもしれないが、本質的には、主語の複数性を断言するものである。三人という数は、その命題が、一つであればこそ、三人となりうるのであり、一人ずつ人がいることを断言する三命題が並列されているならば、三という数はなくなるから、右のごとき命題はただ、主語-述語形式の命題の和とは考えられないのである。さらに進んで、ある場合には、われわれは、主語間の関係--たとえば、位置、大小、全体と部分の関係--を承認せねばならない。」(ラッセル「ライプニッツの哲学」)
日本語で最も一般的な言い方である「人が三人いる。」で考えればこのことはより分かりやすくなる。
なにものかが存在する。なにものかとは何か。人だ。人が存在する。いかにしてか。3人という在り方においてである。
日本語で最も一般的な言い方である「人が三人いる。」で考えればこのことはより分かりやすくなる。
なにものかが存在する。なにものかとは何か。人だ。人が存在する。いかにしてか。3人という在り方においてである。
2009年9月21日月曜日
2009年9月15日火曜日
電子辞書
中国カシオから発売されているE-SF300に『日本語文型辞典』の中国語版『日本語句型辞典』が収録されている。
自分の辞典が電子辞書に入り、それも中国で売られる時代になった。一種の感慨をもつと同時に、さらに一層の精進を誓う。
自分の辞典が電子辞書に入り、それも中国で売られる時代になった。一種の感慨をもつと同時に、さらに一層の精進を誓う。
2009年9月11日金曜日
2009年9月8日火曜日
2009年9月6日日曜日
ことば・コトバ・言葉
社説:国語世論調査 空気読んで、は通じない
毎日新聞らしいまっすぐな社説。
第1言語でのコミュニケーションに齟齬を来すような人は第2・3言語習得においても成功しないことは常識だ。
言葉でもコトバでもなく、「ことば」の習得が必要だ。
毎日新聞らしいまっすぐな社説。
第1言語でのコミュニケーションに齟齬を来すような人は第2・3言語習得においても成功しないことは常識だ。
言葉でもコトバでもなく、「ことば」の習得が必要だ。
2009年9月3日木曜日
2009年9月1日火曜日
「本質」と「ゴシップ」
What They See in Van Gogh’s Ear
重要なものは本質のみであり、ゴシップに振り回されてはいけない。。。その通りだろう。。。恐らく。
しかし、最も厄介なことは、ではその「本質」とは何か、が実は怪しげなものであることがままある、ということだ。
重要なものは本質のみであり、ゴシップに振り回されてはいけない。。。その通りだろう。。。恐らく。
しかし、最も厄介なことは、ではその「本質」とは何か、が実は怪しげなものであることがままある、ということだ。
2009年8月31日月曜日
2009年8月30日日曜日
2009年8月25日火曜日
2009年8月17日月曜日
沈潜
ブログのアップが1週間ほど滞っていた理由を書こう。
夏休みということもあり、ここのところこれまでとは少し傾向の異なった勉強をしている。
大使館の図書室から借りている丸谷才一の『新々百人一首』を手がかりに、短歌の歴史を少し齧っているのだ。
入り込んでいけばいくほど、こんな文学世界は世界でも類を見ない種類のものだろうと強く感じる。ことばの迷宮という形容がもっとも相応しい。日本語は『古事記』以来1,300年基本的には変わっていない。眩暈のするようなこのことばの世界を知らずして日本語を論じることはできないということがよく分かった。そのことは現代の「日本」に関しても聊かも変わらない。
もう時間の無駄遣いはやめ、孤独の中で、当分は日本語そのものと向き合う姿勢を維持することにする。
夏休みということもあり、ここのところこれまでとは少し傾向の異なった勉強をしている。
大使館の図書室から借りている丸谷才一の『新々百人一首』を手がかりに、短歌の歴史を少し齧っているのだ。
入り込んでいけばいくほど、こんな文学世界は世界でも類を見ない種類のものだろうと強く感じる。ことばの迷宮という形容がもっとも相応しい。日本語は『古事記』以来1,300年基本的には変わっていない。眩暈のするようなこのことばの世界を知らずして日本語を論じることはできないということがよく分かった。そのことは現代の「日本」に関しても聊かも変わらない。
もう時間の無駄遣いはやめ、孤独の中で、当分は日本語そのものと向き合う姿勢を維持することにする。
2009年8月8日土曜日
2009年8月2日日曜日
2009年8月1日土曜日
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