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2019年1月5日土曜日
2019年1月3日木曜日
親族
全国から15名が集まってくれた。中には30年ぶりぐらいの者もいる。しかし、親族というものは、没交渉の期間や少々の過去の軋轢などまるでなかったかのように、まるで毎日顔を合わせている間柄であるかのように、再会するとたちまち睦み合えるものであることを改めて感じる。
2019年1月2日水曜日
2019年1月1日火曜日
2018年12月31日月曜日
2018年12月30日日曜日
2018年12月29日土曜日
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2018年12月25日火曜日
2018年12月24日月曜日
京都教育大学総合科学課程日本語・日本文化専攻
「先生」の帰国をダシにした同窓会。思いのほかたくさんの卒業生が集まってくれた。とても懐かしく楽しい会だった。卒業後もそれぞれの人生にいろいろなことがあって、しかし変わらず優しく温かい学生たちばかりだ。今はない専攻だが、日言はやはりすばらしい専攻だったのだ。
2018年12月21日金曜日
『Agora日本語読解辞典』内の広告について
今日から『Agora日本語読解辞典』内の各ページに広告が出るようになった。
オンライン辞典の維持費用は、作った当初はさほどでもなかったのであまり気にしていなかったが、データ量・ページ数が増えるに従ってそれに伴う諸費用が、自腹を切るにしても無視できぬ額に増えてきた。無料の辞典であり続けるためには、少しでもコストを抑えなければならない。ユーザーの方が辞典内の広告をクリックしてくださるだけでほんのわずかずつではあるがコストの軽減につながる。ユーザーのみなさんの温かいサポートをお願いする次第である。
オンライン辞典の維持費用は、作った当初はさほどでもなかったのであまり気にしていなかったが、データ量・ページ数が増えるに従ってそれに伴う諸費用が、自腹を切るにしても無視できぬ額に増えてきた。無料の辞典であり続けるためには、少しでもコストを抑えなければならない。ユーザーの方が辞典内の広告をクリックしてくださるだけでほんのわずかずつではあるがコストの軽減につながる。ユーザーのみなさんの温かいサポートをお願いする次第である。
2018年12月18日火曜日
2018年12月17日月曜日
2018年12月16日日曜日
2018年12月14日金曜日
藤田嗣治展
会期末ぎりぎりに行くことができた。「没後50年 藤田嗣治展」。
以前にもここに書いたが、彼の作品には多かれ少なかれ「哀しみ」がつきまとうものが多い。そのことの内実を今回は考えることができた。
以前にもここに書いたが、彼の作品には多かれ少なかれ「哀しみ」がつきまとうものが多い。そのことの内実を今回は考えることができた。
感じたことを急いで書き留めるために今回は走り書きにとどめる。
女。猫。他者。無表情。静。理解不可能性。理解不能な他者への関心。自画像さえ例外ではない。彼にとっては自己も他者だ。
郷愁。日本。フランス。ルネサンス。神。手に入らぬもの・場所・時への郷愁。
上記の二つの側面はどうやら一つの絵の中には共存せぬもののように見える。それが最もよくわかるのは名作「カフェ」だ。フランスへの郷愁に満ちたこの作品の女性には珍しく「人間」がある。言い換えればこの作品の女性は「他者としての女性」ではなく、敢えて言えば藤田自身なのかもしれない。構図にしても色彩にしても、極めて工夫に富んだこの作品をゆっくりと間近に観ることができただけでもこの展覧会は大きな意味があった。
他者は理解不可能である。その他者へ関心を向けざるを得ないことの中にある哀しみ。
他者は理解不可能である。その他者へ関心を向けざるを得ないことの中にある哀しみ。
いくら望んでももはや二度と得られぬものがある。そこへの断ち難き郷愁の中にある哀しみ。
いずれにしても、到達不可能な対象への愛と執着。到達不可能ゆえの哀しみ。それがダ・ヴィンチにもピカソにもなれなかった藤田の中に漂う哀しみではなかったか。
いずれにしても、到達不可能な対象への愛と執着。到達不可能ゆえの哀しみ。それがダ・ヴィンチにもピカソにもなれなかった藤田の中に漂う哀しみではなかったか。
2018年12月12日水曜日
2018年12月10日月曜日
2018年12月9日日曜日
2018年12月7日金曜日
2018年12月6日木曜日
2018年12月5日水曜日
戦友
昨夜本当に久しぶりに昔の「戦友」たちと呑んだ。同じ知り合いでも、昔ともに最前線で「戦い」生き残った仲間は格別である。たがいに異なる国に住み11年の没交渉の期間があったにもかかわらず、昔通りにたがいに遠慮会釈なく言いたいことを言い、笑い合う。みな事務方で、もう今は偉くなってしまっているが、腹を割って話し合える関係は昔と変わらない。いや、むしろ親密さを増していることに気づく。いい酒だった。また今日から頑張ろうと思う。
2018年12月4日火曜日
2018年12月3日月曜日
2018年12月2日日曜日
2018年12月1日土曜日
2018年11月28日水曜日
2018年11月25日日曜日
2018年11月24日土曜日
2018年11月21日水曜日
2018年11月19日月曜日
2018年11月18日日曜日
風土
人は風土に生きている。
11年間のブルガリア時代はリヒテルのショパンに魅せられていた。ブルガリアに行く前はその甘ったるさが趣味に合わなかったショパンだが、冬のソフィア、凍えるアパートでの毎日の生活の中では、リヒテルの名演により、彼らの中にあるスラブの哀愁、哀しみのようなものが日々の生活に極めて似つかわしく感じられ、その美しさにのめりこんでいたものだ。
そして日本に帰国して2週間。スラブ的なものがまったくと言っていいほど感じられないこの地では、生れてはじめてシューベルトの愛らしい悲しみが心に響くことに驚く。ブルガリアを経験する前の日本時代にもブルガリア時代にもやはりその甘さが好みではなかったシューベルトなのに、日本とブルガリアを経験した今の第2の日本時代の私には、初めてシューベルトが自分の音楽の一部になった感があるのである。その背景には風土そのものだけでなく各々の風土の中に生きる/生きた私自身の存在のあり方が深くかかわっていることは言うまでもない。
もちろんこのシューベルトの場合もリヒテルの演奏でなければならない。
11年間のブルガリア時代はリヒテルのショパンに魅せられていた。ブルガリアに行く前はその甘ったるさが趣味に合わなかったショパンだが、冬のソフィア、凍えるアパートでの毎日の生活の中では、リヒテルの名演により、彼らの中にあるスラブの哀愁、哀しみのようなものが日々の生活に極めて似つかわしく感じられ、その美しさにのめりこんでいたものだ。
そして日本に帰国して2週間。スラブ的なものがまったくと言っていいほど感じられないこの地では、生れてはじめてシューベルトの愛らしい悲しみが心に響くことに驚く。ブルガリアを経験する前の日本時代にもブルガリア時代にもやはりその甘さが好みではなかったシューベルトなのに、日本とブルガリアを経験した今の第2の日本時代の私には、初めてシューベルトが自分の音楽の一部になった感があるのである。その背景には風土そのものだけでなく各々の風土の中に生きる/生きた私自身の存在のあり方が深くかかわっていることは言うまでもない。
もちろんこのシューベルトの場合もリヒテルの演奏でなければならない。
Schubert Klavierstuck D.946 n.2
2018年11月16日金曜日
2018年11月15日木曜日
2018年11月13日火曜日
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