2008年12月1日月曜日

学者たち

 科学アカデミーのブルガリア-ハンガリー文学理論国際シンポジウムにご招待いただいた。2日間にわたるものなので大きなものだと予想して気軽な気持ちで行ったら、とんでもない、僕が行った今日の午前の部では僕の他には全部で9名しかいない極めて高密度のものであった。ハンガリー側4名ブルガリア側5名の両国を代表する文学理論家たちの、極めて高レヴェルの議論が展開された。Радосвет Коларовが仕切り、そもそも学会なぞ馬鹿にして人前にさえ出てこないというАнгел Ангеловがどの発表に対しても厳しいが的確な批判を展開する、というような、「身内の研究会」と言ったほうがよさそうなものだった。
 温かく迎えていただいたとは言うものの場違いも甚だしい。発表言語も議論で使用される言語も英語だとは言えそもそも専門外の議論なのだから最初からオブザーバーとしての参加であっても一言も言えず(そもそも当てにもされていないしその資格も持たない)完全に「お客様」である。
 しかし、である。面白かった。自分でも恐ろしさのようなものを感じるほど知的な興奮を経験した。今日言及された理論や引用された学者の多くに関して全く知らないわけではない。しかしここまで高度な議論の真っ只中に座るのは恥ずかしながら私の人生でも初めてである。ヨーロッパの知的伝統の一端を垣間見る思いであった。
 本務とぶつかるので今回は半日だけしか参加できないが、人文・社会系の学会・研究会でこのレベルのものにはこれからも声をかけてくれるという。
 ヨーロッパで、それも学問が日々息づく高度な知的環境の中でまた一からゆっくり勉強したいという若き日に抱いた夢が今ようやく実現し始めていると本当に実感できた日であった。
 私の人生は、これまでも大変だったし、今も大変だし、これからはもっと大変だろう。
 しかし、残された人生の根拠をここに移動させるという選択は基本的には(つまり自分の実存だけを考慮すれば)正しかったと今は確信をもって言うことができる。

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