2009年5月30日土曜日

Communism, the Word

Communism, the Word
 ここでJean-Luc Nancyが取り上げるPropertyの概念は、日本語使用者の間に見られる縄張り・ウチ/ソトの概念などを別の角度から見る助けになるかもしれない。

きょうのLiaison

one village one earth セミナー第4回インドネシア終わりました。

2009年5月29日金曜日

きょのLiaison

6月のフェルデンクライスメソッド

きょうのLiaison

シティライフ阪神版6月号
バティック展示
自力整体教室のおしらせ

東京室内オペラ

 田中均『虎月伝』ソフィア公演の二日間が昨夜終わった。中島敦『山月記』をベースとした現代オペラ。日本のオペラ演出の第一人者栗山昌良の演出もシンプルな中に能・歌舞伎・中国文芸などの東洋的なものをふんだんにとりいれたもの。
 期待に違わぬすばらしい公演だった。関わった者の一人として、成功を素直に喜びたい。
 ただ、二日間を通して聴衆の少なさに落胆した。この公演はソフィアにまで来る内外の芸術の中では最高峰のレヴェルのものである。今度ソフィアに来るときは、まじめに広報活動を行って、ここの一流の芸術家たちに鑑賞してもらい、相互交感を図る必要がある。

2009年5月25日月曜日

ブルガリア人のペシミズム

Gallup Study: Bulgaria Citizens Most Pessimistic in World
 ブルガリアの人たちが将来に関して現在世界で最も悲観的な見方をしているという話を聞いて、ああそうなんだ、大変なんだねえ、と頷くのは外国人だけだろう。ここの人々の心性の深層を流れるユーモアやしたたかさを知る私には笑い話にか聞こえない。
 ブルガリア人のペシミズムがアフガニスタンやイラクと同程度と言われても、客観的な社会状況は天地ほども違う。むしろ、その社会の構成員の文化や心的特性が決め手になるはずだ。この記事には出てこないが日本もどちらかと言えばペシミステッィクな回答をする人が多い文化だろう。
 データというものは面白いものだ。しかし時には思わぬ愚かさを露呈することもある。
 

Luis Egidio Meléndez

 光とクローズアップ。対象への肉薄。近代の始まりの始まり。

An Examination of the Work of Herbert Quain

Borgesの読者ならおなじみの架空の書の書評もの。短編だが、「時間」、「順序」というものを思考せよという挑戦状が読者の眼前に突きつけられる。

Alain Badiou

On a Finally Objectless Subject
 多忙な毎日の中、約3週間ぶりにBadiouのテクストに戻ってくることができた。
 存命の思想家の中では、一語、一文、一段落、さらには暗黙の含意のレベルにおいてさえ、あらゆる局面で不断に読む者を立ち止まらせる力を持つ随一の思想家だと思う。
 特にいまの私は日本語における「主体」の問題にとり憑かれているため、このテクストは異常な力をもって私に迫る。思考せよ、と。
 立ち止まり、立ち戻り、立ち尽くし、途方にくれる。私はいま幸せである。

2009年5月24日日曜日

戦争と人間

Film on Nanjing massacre shows Japanese soldiers in new light
 戦争犯罪、人道に対する罪。それは厳在する。そのこととそれに関わった/関わらされた個々の人々の内的苦悩とは異なる次元の話である。中国の新しい世代の成熟を頼もしく思うと同時に、それに応え得る日本の新しい世代の成熟を待ちたい。

2009年5月22日金曜日

厄日

 今日の帰り道はひどかった。
 まず強烈な西日の中を歩いていて焼肉にされそうになった。
 それから市電を待っていると、どこからか生卵が一つ飛んできて、数人の人の服が汚された。僕の(珍しく)洗濯したてだったズボンも少し汚れた。手榴弾でなくてよかった。あ、生卵のほうが少し安いか。
 最後は市電の中でハイヒールに踏まれた。暑いので僕は今日は裸足でサンダルだった。指が砕けたかと思った。
 踏まれるといえば、おとといだったか、赤信号だったので歩道で待っていると左折してきたバスの後輪が歩道の上に乗り上げてきて、危うく左足の甲を砕かれそうになった。車は車道を走ってほしいものである。

 受身文の読解テクストとしていかが?

2009年5月20日水曜日

『ブルガリア語-日本語-ブルガリア語フリー・オンライン辞典』

『ブルガリア語-日本語-ブルガリア語フリー・オンライン辞典』の掲載見出し語数が8,000語に到達した。これも編集者・執筆者の日頃の地道な努力の賜物であると共に、温かい励ましやコメントを下さる読者の皆さんのおかげでもある。この場を借りてお礼を申し上げたい。
ちなみに、記念すべき8,000語目はнеуспешен(不成功の・失敗した)であった。

2009年5月18日月曜日

Витоша

 きのうは仲間たちと一日楽しんだ。総勢9名でBQQ。そのあとАгораで定例勉強会。10時間も共に時間を過ごし、いろいろなことをする。そのことによってそれぞれがお互いの新しい面を発見し、さらに仲よくなる。こういう機会をもっと増やそう。

美術館ライトアップデー

 16日、EU各国で開催された。私は今年はНационална Галерия За Чуждестранно Изкуствоに行った。夜中の0時まで無料開館されていて、実に多くの市民が訪れていた。バンド演奏・演劇パフォーマンス・フランス文化センターによる正面玄関での映像アートなどが行われていた。
 まずビルマの18~19世紀の仏像、アフリカ美術、日本の浮世絵の各コレクションを観て、正面玄関前のCafeでビールを飲みながら映像アートを楽しんで、すでにお酒の入っている友人たちと行き合わせ、おしゃべりをして、再び建築コンペ会場へ行く。数点の最終候補作品の中で、受賞作品が最もつまらないアイデアだった。ご愛嬌。
 市民も職員もほろ酔い加減で夜中の美術館を楽しんでいた。すばらしい夜だった。

2009年5月13日水曜日

Tochno sega

(Photo by ibox.bg)
 Tochno sega
 Azis i Ustata.
 この破壊力は凄まじい。ブルガリアに来てから2年、(ひそかに)注目し続けてきた人物だが、いよいよ完成度が高まってきた。誰か、彼らの歌詞がアップされているサイトを教えてくれないだろうか。僕のブルガリア語学習のテクストに加えたい。

2009年5月12日火曜日

職業・完璧主義・軽蔑

And it’s very hard to be a perfectionist in your work and at the same time despise that work. (Milan Kundera, Identity)

『砂の女』

 勅使河原宏監督1964年作品。原作者安部公房自身による脚本。極めて水準の高い作品に仕上がっている。武満徹の音楽もすばらしいの一言。
 今見れば特に難解な作品だとは思わないが、原作にしてもこの映画化作品にしても四十数年前には「事件」だった。カンヌ映画祭で審査員特別賞を受賞したのも頷ける。

2009年5月11日月曜日

El Sur

 Jorge Luis Borges自身が最良の作品と呼ぶ短編。
 ブエノス・アイレスと南部の田舎。過去と現在。現実と夢想。。。時間と空間におけるあらゆる二分法が無化される文学空間。

2009年5月10日日曜日

意識の変化?

週のはじめに考える 日本人の『自分探し』
 東京新聞らしい、堅実な社説である。
 しかし、これが日本社会の大変動の始まりなのか、一時的な揺れに過ぎないのか。今度こそはと期待したいのはやまやまだが、経験値から言ってあまり楽観的になれないというのが正直なところである。

量子論の前進

Science, Spirituality, and Some Mismatched Socks
Was Einstein Wrong?: A Quantum Threat to Special Relativity
 世間がのほほんとしているうちに、物理学の最前線はここにまで達している。

2009年5月5日火曜日

きょうのLiaison

G・houseのアクセサリーとボタン展開催中です。

『武士の一分』

 芸達者揃いの中での木村拓哉の好演が光る。ただし筋書きはおめでたいと言えばおめでたい。日本を離れて2年が経とうとしている私には、色々と考えさせてくれる作品ともなった。それは最近見た『おくりびと』や『鉄道員(ぽっぽや)』にも言えることだ。いずれ、そういう中で生まれてきた様々な思考の種は何かに結実させたいと思う。
 

2009年5月3日日曜日

分類と同質化強迫

"That all men are alike is exactly what society would like to hear. It considers actual or imagined differences as stigmas indicating that not enough has yet been done; that something has still been left outside its machinery, not quite determined by its totality."(Theodor Adorno)

 社会に限らない。分類・範疇化というもの自体に内在する問題である。

忌野清志郎

君が代
IMAGINE
傘がない
あこがれの北朝鮮

2009年5月2日土曜日

忌野清志郎死す

 心から冥福を祈る。そして心からの感謝を捧げる。あなたこそロッカーの中のロッカーだった。