2007年10月31日水曜日

火曜日

 拘束時間12時間という地獄の火曜日を終えると、1週間のほぼ四分の三が終わったような感じである。一日の終わりにはへとへとに疲れているが、ストレスというものがまったくと言っていいほど、ない。
 幸いなことに、学生たちは週を追う毎に駒田の扱い方に習熟してきてくれているようで、週を追うごとにこちらもますます授業を楽しむことができるようになっていることがその最大の理由である。
 学生たちに感謝することはもちろんだが、勝手気ままな駒田流を容認してくれている同僚たちにも感謝しなければならない。

THE Nation

 「凄い」という日本語のイ形容詞はこの表紙のためにあるようなものだ。ダウンロードされてみよ。
http://www.thenation.com/covers/bush_mosaic/

2007年10月29日月曜日

YouTube

 指導・教育・宣伝...etc. その守備範囲は加速度的に広がっている。何か特定の領域で探すとして、良質のクリップに出会うまでが大変だ。そもそもその領域でその時良質のものがアップされているのかどうかさえ容易には分からない。人気コンテストではない種類の新たな評価基準が整備されれば、このメディアの将来性は大きいのだが。http://www.boston.com/business/technology/articles/2007/10/28/now_on_youtube_day_at_the_dentist/

2007年10月28日日曜日

ⒸMurakami

 あすからLAの現代美術館MOCAで始まる。最近特に論争を呼んでいる彼の動きは新しい「日本」なのか。単なる子供騙しなのか。彼だけはそこらへんの凡百のオタクとは違うと思いたいのだが。
http://www.youtube.com/watch?v=dr2Pb_47mYc

サマータイム終了

 3月最終日曜02:00~10月最終日曜02:00がサマータイム期間。
 慣れない我々はきょうほんの少し混乱した会話をしている。

2007年10月27日土曜日

DIAMOND, Jared. Guns Germs and Steel: A short history of everybody for the last 13,000 years

 縁のある書物である。
 数年前、勤務先の大学の生協から依頼され、取次業者の日販まで出かけて行って、学生たちに読ませたい書物を100冊ほど仕入れてきたことがある。その中にこの本の日本語訳があった。
 店頭に積まれたその書物を理学科の同僚の何人かが読み、さすが駒田さんの選書だとほめてくれた。いや、ぱらぱらと見てよさそうだと思って仕入れただけで実はまだこの中のほとんどは読んでない、と言って、自分が読了もしていない書物をみんなに薦めているのかと呆れられた(ほとんどは発売前のものだったんだけどね)。
 そういう記憶があってずっと読もう読もうと思っては、そのたびに先に読む書物が出てきたりして、ずるずると後回しにしてきた。
 そうこうしているうちにSofiaに来てしまい、当の日本語訳は日本に置いてきてしまった。
 ところが、今日もしやと思ってDemonoidで検索したら、原書があった。著者がNational Geographicと一緒に作った映像版(これがまたご推察通りすばらしい)もダウンロードできた。
 はい。今度こそ、読みます。

教員スト解除へ

 交渉が合意に達したという速報が入った。全国の組合は月曜に承認し、火曜日から授業再開の予定だという。5週間ぶりである。解除を今か今かと待っていた子どもも喜ぶだろう。

2007年10月26日金曜日

どうですか、読者の皆さん。

 24日付の「ヨーロッパ人としての教養」にかなり辛口のコメントを書いたら、2年生のMelliが穏やかな口ぶりながら強い反発のコメントを投稿してくれた(該当記事のコメント参照)。
 2年生である。今月2年生になったばかりの学生である。その学生がこれだけの反論を寄こすのである。
 私の遣り口を見抜き、それにきれいに乗っかって、見事に実力を証明しようとする、その知性と勇気に感動する。Melliの完勝である。私は完全に打ち負かされて、とてもうれしい。
 日本学専攻の諸君、これからも頼みますよ。 

Fearing Crime, Japanese Wear the Hiding Place

http://www.nytimes.com/2007/10/20/world/asia/20japan.html?_r=1&th&emc=th&oref=slogin

 ホントに平和な国である。



The Hollow Men

Between the idea
And the reality
Between the motion
And the act
Falls the Shadow…
— T.S. Eliot, “The Hollow Men”

 今朝は特に濃い。こういうところにもСофияの高原性を感じる。

日本語研究会のためのメモ

 「自発」の根源としてのarchê (Aristotle, Metaphysics [1012b][34], [1013a][1])?

埋葬時の希望

 社会、宗教等により大きく異なるだろう。誰か比較調査をしてくれないかな。
http://www.afpbb.com/article/life-culture/life/2299734/2256798

2007年10月24日水曜日

ヨーロッパ人としての教養

 きのうショックなことがあった。
 優秀な学生が多いというSofia大学日本学専攻2年生クラス。語義の説明の際、例の中に「シャイロック」を出したら誰もその名前を知らなかった。驚いてよく聞いてみたら、高校の教科書にあった「ハムレット」を読んだという2、3人以外は誰もシェイクスピアを読んだことがないという。
 みんなとてもまじめで素直ないい子たちで、日本語の勉強ぶりも見上げたものである。このまま順調に育っていけば、ほとんどの学生が日本学専攻の学生としては世界のどこに出しても恥ずかしくない若者に育っていくだろう。
 しかし、シェイクスピアもまともに読まないまま人文系を卒業していくような学生は、少なくともヨーロッパでは知的職業には就けない。たとえ就けたとしても、充実した人生は待っていない。・・・と思いたい。
 彼らにはブルガリアを代表するエリートとしての誇りと責任感をもっと持ってもらいたい。
 日本語を含む3、4ヶ国語を自由に操ることができる、というような程度を目指しているようではだめだ、もっと自分の知的世界を広げる努力をしなさい、という昨日のような説教をこれからも時折することになりそうだ。

2007年10月23日火曜日

Encelados


土星の衛星エンケラドスから噴出する蒸気や氷の結晶(提供:NASA、写真クリックで拡大)

まっすぐなこと

 aozoracasa de hiramieなどのブログの良さは、肩肘張らず、素直に、まっすぐに、一生懸命に、生きようとしているその人の人柄がよく出ている点である。
 そのような、巧まずして滲み出てくるような魅力は、いつか花開くものである。

 

日本語教師

 教師により異なるのだろうが、ことばの意味を説明する際に、私は自分を例文に使うことが多い。
 例えば今日の3年生のクラスでの私は、「嫉妬し」、「妬み」、「羨み」、「恨み」、「恨めしく思い」、ついには幽霊となった。
 そのようなことを毎日のように繰り返す人生が、結果として一人の教師の中にどういうものを生まれさせることになるか。これはことばでは説明できない。できるところまで説明してみる、ということさえ無意味である。これだけは教師、ことばの教師、さらには私のようなタイプの教師にしか金輪際分からない。(ひょっとしたら役者なら分かってくれるかもしれない。)
 ことばにできぬものは、沈黙するしかない。

2007年10月21日日曜日

ギリシャ哲学

 きのうの研究会の最大の収穫。やはり古代ギリシャから考え始めなくてはならないということを再認識したこと。
 プラトンは日本語訳で一通り読んでいるので、これからはアリストテレスを少しずつ英訳で読んでゆくことにする。

東京新聞

 これまでにもたびたび紹介してきた「週のはじめに考える」。
 今日の「文字の言葉 音の言葉」も味わい深い。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2007102102058024.html

恒星太陽

 aozoraさんが紹介してくれている。
 あったまる。

初雪

 Sofiaに来て今日でちょうど3ヶ月。ハネムーン期間が終わろうとしているちょうどその時に1回目の風邪。研究会を終えて帰宅した途端に急激な発熱。その夜は黒海からたくさん魚を買って戻った大家さんからМаги・Дапин夫妻と共に夕食の招待を受けていたのだが、辞退。子どもだけが行った。もう名代を務めることのできる年になった。
 6時間ほどぐっすり寝て今起きた。かなり回復している。雪がしんしんと降り続いている。屋根屋根は雪帽子を被っている。山間部では70センチの積雪が予想されている。
 厳冬予報が出、セントラルヒーティングのスイッチが入った今日、私の中でも、パチンと音を立てて、何かのスイッチが切り替わった。

2007年10月20日土曜日

時間と意識

 Sofia日本語研究会(http://nihongo-kenkyuukai.blogspot.com/)のきょうの話題提供のための準備をしていて気づいたことのメモ。
1.HusserlおよびHeideggerの時間論
2.日本語話者の意識の基底にある「時間」
3.Einstein
4.古代インド(仏教)における「時間」
5.「実体」と「出来事」

コンサート

 Международна фондация "СВ. СВ. КИРИЛ И МЕТОДИЙ"からご招待をいただき、創立25周年記念コンサートへ。
 プログラムは
1.『魔弾の射手』序曲
2.ブラームス『ヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲イ短調作品102』
3.バルトーク『二台のピアノと打楽器とオーケストラのための協奏曲』

2.はいま調べるとブラームスが作曲した最後の管弦楽曲らしく、『第5交響曲』と呼ぶ人もいるらしい。彼の四つの交響曲はすべて愛聴しているくせに無知な私はこの曲のことを知らなかったが、簡潔でかつ充実した作品で叙情性もたっぷりある。隠れた名曲だと思う。若手のソリストたちもなかなかよかった。
3.のソナタのほうは聴いた記憶があるが協奏曲のほうは初めてだ、と思う。この夜のプロでは、私は実はこれが一番気に入った。 ん?オケの参加している意味は?と首を傾げたくなるような箇所がいくつもある曲なのだが、それはともかく、考えていたのは次のようなことだ。
 ユーラシアの東の端で聴いていたバルトークとここで聴くバルトークは聞こえ方が異なるような気がする。バルトークの祖国ハンガリーとここブルガリアはもちろんまったく違う国だし、言語も文化も違う。しかし今夜のバルトークを聴いていて、この二つの文化は繫がっている、連続している、というような感じを受けたのだ。若きソリストたちも活き活きしていてよかったし、オケも楽しそうにやっていたような気がする。自分たちの音楽をやっている、というような印象を受けたのだ。
 またいつもの単なる気のせいかもしれないし、ブルガリアの友人たちからは異論も出るだろうが、率直な感想だから仕方がない。一応ここに書きとめておく。

2007年10月19日金曜日

Margaritaの飛翔

 その描写は、例えようもなく美しい。

アルトコんち

 昨夜はАлбенаが取材協力したNHK「世界ふれあい街歩き――ヴェリコ・タルノヴォ」の鑑賞会プラス焼きかぼちゃその他のご馳走プラスПеткоからのファイル交換レッスンプラス子どもの数学相談会。
 最後は例によって日本学専攻の将来に関する激論。明日の仕事もあるというのにまた23時過ぎまでお邪魔していた。
 彼らと話していると時間がいくらあっても足りない。話が途切れるということがない。

留学報告会

 日本へ国費留学していた学生のうちの4名の報告がきのうあった。
 留学はゴールではなく、単なるスタートラインに過ぎない。それも留学前に考えていた位置よりも数歩下がったところからの再スタートである、ネガティヴな意味でなく。

京都教育大学

 京教時代――「時代」ということばがそれほど違和感なく使える段階になっていることに気づく――からの懐かしい友人からの久しぶりのメール。
 あの、クスノキの美しい立ち姿を想い出す。

2007年10月18日木曜日

BORGES, Jorge Luis

 読むべき/観るべき作品は山ほどたまっていて、それでいてそれなりに仕事も忙しい。いきおい、短いものから先に片付けていこうというさもしいことを考える。
 Даринがいま僕の考えていることに関連していると薦めてくれていたTlön, Uqbar, Orbis Tertius
を読んだ。たまっている中では最も短いものだったからだ。
 しかし、ボルヘスにはいつも騙される。その恐ろしいほどの学識が文字通り充満した作品で、おかげで一方で哲学史の簡単なおさらいをしながら読み進めるという羽目になり(もちろんそのおかげでさらに楽しくなるのだが)、また作品のあちこちにいろいろなヒントが詰まっているから、そこから思考が枝(いやむしろリゾームかな)のように縦横に伸びてゆくというように感じる経験もたびたびあり、結局読み終えるまでかなりの日数を食うという結果になった。
 あらためて、このボルヘスという男は本当にすごいやつだと思う。

Sofia日本語研究会第1回例会

Първа среща на кръга за изследване на японския език - София

あさって。いよいよスタートである。
http://nihongo-kenkyuukai.blogspot.com/

2007年10月17日水曜日

トラ、ハコフグ


@BBC


@National Geographic

こういうちっこい赤ん坊たちがいっちょまえの面構えを見せている写真が僕はとても好きである。

トイレ事件

 きのうの夕方、トイレに入ると個室のほうに人の気配がする。そのこと自体は不思議でも何でもないのだが、しばらくするとキャアキャア言いながら女の子が次々と個室から二人飛び出していった。
 さっき僕のクラスを終えたばかりの学生たちだった。女子トイレのほうがいっぱいだったから、と恥ずかしそうに言う。
 日本の大学なら(特に共学なら)100%ありえない現象である。
 ブルガリアはことほどさようにおおらかである。よろしいよろしい。

論文の助数詞はなぜ「-本」か。

 きのうДаринと昼飯を食いながらこの話が出た。ネットに下記のような説明があった。少し視点を変えて考えてみると一挙に視界が開けるような感じを味わうことがある。おかげで今回もそういうεὕρηκα を経験することができた。
http://oshiete1.goo.ne.jp/qa1127379.html

2007年10月16日火曜日

オリオン座流星群

 今年も極大期が近づいてきた。幸い、今年からは条件のよい地で見ることができる。また、窓の面積の広いアパートなので仕事しながらでも待つことができる。楽しみである。

2007年10月15日月曜日

2007年10月14日日曜日

ブルガリア近代美術

Албенаと(Петкоはお父さんのお手伝いでお休み)Художествена Галерия(Sofia市立美術館)創立80周年記念特別展に行った。
 19世紀後半から20世紀後半までのブルガリア近代美術のラインナップは期待以上の逸品ぞろいであった(それでもАлбенаは各画家の代表作が揃っているわけではないと言う)。入場無料なのもよろしい。
 その中でも特筆すべきはИван Милев(
http://www.ivan-milev.com/ivan-milev.htm)という画家の存在を知ることができたことである。その出会いは衝撃的だった。彼の作品は3点展示されていたが、一目見た瞬間に好きになった。これから30歳で夭折した彼のことについても勉強するつもりである。
 Sofiaで美術館や博物館に行く時は雨天の時が多い(Албенаがそういう日を狙っているふしもあるが)ため、いつも入館者が少なく、実にゆったりと鑑賞することができる。これは作品を楽しむためにはとても重要な条件であることをきょうもあらためて認識した。
 帰り際、キュレイターの人が絵を観ている子どもの横顔をさらさらとデッサンして、その絵を子どもにくれた。
 この国は、多くの面でゆったりしていて――教師のストライキは3週目に入ったし、Sofia大学も11月からストに入る構えであるし、ドライヴァーの運転マナーは悪いどころか「ない」にもかかわらず――暮らしていてとにかく心地よいのである。

2007年10月13日土曜日

『庭三郎の現代日本語文法概説』

 参考文献が豊富に揃っているわけではないところで日本語を指導・勉強している人たちにはなかなか役に立つありがたいサイトだと思う。ちゃんとやりたい人は巻末の参考文献を手がかりに勉強を続ければよい。

http://www.geocities.jp/niwasaburoo/index.html

科学、教育

「科学のために」と書かれた施しを求める藁帽子。ブルガリア科学アカデミーの若手科学者たちがきのうもデモをし、科学研究・教育への政府予算の少なさを批判し、からかった。http://www.sofiaecho.com/article/protesters-measure-ministerial-stupidity-in-bulgarias-capital/id_25458/catid_66
 先月の24日から続く学校の教師たちのストはきのう全国から75万人(組合発表)が首都Sofiaに集まり大規模なデモを行った。きのうは一日Sofia中でシュプレヒコールが聞こえていた。今やブルガリアの教師の95%がストに参加しているという。
 政府は苦境に立っている、と思うのだが、内閣が事態をそれほど深刻に捉えていないように見えるのはどうしたことか。

2007年10月12日金曜日

タルコフスキー

 Petkoが3本をDVDに焼いてくれていたのを昨夜観た。Solarisはともかく、Stalker とZerkaloがロシア語なので隔靴掻痒(でも何か方法があると彼が言ってたような記憶もある。もう一度ちゃんと彼に聞いてみよう。)。タルコフスキーは大好きな作家だからそれなりに楽しめるが、やはりすべてを理解したくなるからね、地球上のあらゆる言語の中でも僕の十分マスターできていない数少ない言語の一つ、ロシア語。できるようになりたいねえ。

2007年10月11日木曜日

映画

 アルトコたちと短編映画の月例上映会を観に行った。大阪に昔あった大毎地下劇場のような感じの映画館。こういう映画を観に来る種類の人々は日本でもブルガリアでも、同じような感じの人々なのも面白い。
 僕にも国籍がはっきり分かったのは日本の作品2本、フランス1本、スウェーデン1本、イギリス1本、かな。他にも何本もあった。
 全体としての印象は、帰り道でアルトコにも伝えようと苦労したことなのだが、日本の2本(もっとも1本目はアニメと漫画のアイデアを感じさせる、もの珍しさだけの幼稚なものだった。2本目のRight Placeのユーモアに包んだ日本批判は鋭いものであった。)を除くと、ヨーロッパの(特に若者の?)行き詰まり感のようなものを、自閉、韜晦、二番煎じのようなことばで表せるような現れ方で繰り返し見せられているような、痛々しいということばは強すぎるかもしれないが、「しんどい」ものだった。端的に言えばアフリカやイランやアジアの若手監督たちの持つような、ほとばしるようなエネルギーがあまり感じられないのである。それは、ひょっとしたら歴史の呪縛のようなものなのかもしれない。
 その僕の印象はアルトコたちの同意を得られなかった。きょう僕が感じた違和感のようなものの根拠は何なのか。もう少し考えてみる必要がありそうだ。
 

 

2007年10月10日水曜日

2週目

 今日は朝の8時から夜の8時まで5コマの日。疲れるが、この火曜一日でワークロードをほとんどこなせてしまうということでもある。
 2週目に入り、調子が出てきた。学生諸君も最初の緊張が解けてきたようで、実に活発に発言してくれるようになった。先週、受け身で聞くなとちょっときつい言葉で挑発したものだからちょっと言い過ぎたかなと思っていたのだが、次に会った時には見事に期待に応えてくれる。さすがSofia大学の名門、日本学専攻の俊英たちである。
 なかなかよろしいんじゃないでしょうか。この調子で行きましょう。

2007年10月8日月曜日

ラオスの不発弾被害

 LATimesが取り上げている。
Laos still faces Vietnam-era danger http://www.latimes.com/news/nationworld/world/la-fg-victims8oct08,0,3515225.story?coll=la-tot-world&track=ntothtml

2007年10月7日日曜日

アルトコ依存症

 ゆうべもアルトコのところに数学を教えてもらいに行っていた子どもがいろいろもらって帰ってきた。
 いまはAlbenaのお母さんが作ったクルミ入りバニツァを食べながらやはりAlbenaが買ってきてくれたというSofia歴史博物館作成のDVDを見ている。歴史も英語もブルガリア語も学べる便利な教材になりそうだ。このあとは、Petkoのお母さんが漬けたピクルスを食べながら、Petkoが焼いてくれたタルコフスキーのDVDを子どもと観る。
 もし彼らと出遭っていなければ、ずっとブルガリアに住もうかなどという考えがこんなに早く生まれることは絶対になかっただろう。まだ出遭って二ヶ月にしかならないが、二人の友情に深く感謝する。

2007年10月6日土曜日

Босой (bosoy)

 aozoraさんのコメントを読んでなるほどと思い調べていたら、下記の記述に出会った。aozoraさんの後者の説と同じである。
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Босой (bosoy) means barefoot in Russian, which points to his rural origin. Bulgakov had a low opinion of those "provincials who were being kicked upstairs".
In one of the earlier versions of the novel, Bosoy was called Nikodim Grigorevich Porot, of whom the first name would be a direct referral to Nikodemus, the author of the apocryphal gospel known as The Acts of Pilate.
Bosoi was arrested because the money he pinched appeared to be foreign currency. Currency speculation was a serious crime in the Soviet Union. Only tourists and priviliged Soviet citizens were, in a limited way, allowed to spend foreign currency in a берёзка (beryozka) or currency store.
http://www.masterandmargarita.eu/en/03karakters/bosoj.html
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 Bulgakovは確かに、こちらが読み込んでいけばいくほど、調べれば調べるほど、ちゃんと応えてくれる作家である。

Bulgakov

 この恐るべき、悪魔的な魅力の源泉は一体何なのだろう。私は完全にとり憑かれてしまっている。
 最初にその存在を教えてくれたKievのTonyaに感謝しなければならない。

The Master and Margarita

"chairman of the tenants' association"の名前がなぜBosoy(裸足)なのか。ロシア語の世界では何か含意があるのか。要調査。

アカペラ

 昨夜は子どものリクエストで二人でカラオケ大会。といってもウェブで好きな歌の歌詞を調べ、交代でアカペラで歌うというもの。
 気分転換にはなかなかいいかもね。それにこのアパートは音響効果がよくて上手く聞こえるし。

IF, by Kipling

 aozoraさんが紹介してくれている。http://bemberski.blogspot.com/
 「これは私だ。しかし、未然の私だ。」と誰もが考えるだろう。

2007年10月5日金曜日

BU-SHI-DO公演

ブルガリア公演は、10.25.のヴェリコ・タルノヴォ、10.27.のカザンラクの二箇所です。http://www.jpf.go.jp/j/culture_j/news/0710/10-04.html

ジャガイモ

 ここのジャガイモはコクがあり、甘く、安く、うまい。その上しっかりしている(ここの野菜は何でもそうだが)ので、もう一ヶ月もスープで煮込んでいるがまったく煮崩れしない。日本の人はなぜこの品種が食べられないのだろう。かわいそうである。おでんや肉じゃがにもってこいの品種なのに。
 

ソフィア日本語研究会

 専用ブログが立ち上がった。http://nihongo-kenkyuukai.blogspot.com/
 今後の予定・報告等はこのブログに掲載される。よろしく。

『ブルガリア語-日本語フリーオンライン辞典』

 "П"の見出し語リストアップ終了。
 Petkoの友人が作ってくれている新しいプログラムがもうすぐ完成する。そうしたら新しいサイトに少しずつアップしてゆく予定。

2007年10月4日木曜日

村上龍『半島を出よ』

 膨大な取材に基づいた力業。
 この人にはいつの日か、いま外国で人気のあるような日本の作家たちのようなちまちました世界ではなく、個別事象を扱いながらもいつの間にか一気に普遍へと突き抜けてゆくような、そういう骨太の本物の作品を書いてもらいたいとずっと願っているのだが。

ブログ紹介

『理系白書ブログ』http://rikei.spaces.live.com/default.aspx
 毎日新聞科学環境部の記者二人のブログ。特に科学好きの人には面白く読めるのではないでしょうか。

Giuseppe Tornatore, "The Legend of 1900"

 存在そのものが「移動」であるならば、或いはその存在に「移動」そのものが組み込まれているような類の存在者であるならば、「移動」の必要はない、或いは、「移動」そのものが不可能である。

ブカレスト大も新年度開始

 ひらみえさんが丁寧な報告をしてくれている。
http://blog.livedoor.jp/hiramie/
 めんどくさいから詳細は書かないが、ソフィア大も同様の様子で新年度が始まった。

2007年10月3日水曜日

学校。

 ブルガリアでは教師のストが続いている。子どもの通う高校もきょうから無期限ストに入った。 
 子どもはというと、なんと学校に行けないのを残念がっている。
 一方でアルトコたちは大学の新学年度が始まるずっと前からそれを楽しみにしていたし、始まったら始まったでとても楽しそうに仕事をしている。
 学校が大好きな変人たちに包囲されて、私は完全に孤立している。

Yaltaの突堤

 







The Master and Margarita。
 Styopaが悪魔によって飛ばされる。実は私は以前その突堤を写真におさめていた。正確にはその下部だが(写真クリックで拡大)。
 どうでもいい話で恐縮ですが、きょうはあまり書くことがないので、「にぎやかし」。

またまたBARBARA EHRENREICH

 きょうは少しいつもの下品さが足りない。しかし、相変わらず辛辣。最高である。
http://www.thenation.com/doc/20071015/ehrenreich

バルカンの月

 いまバルカン山脈の上にとてつもない大きさの半月が現れた。こんな――「あんな」ではない。「こんな」である――に大きいのを見るのは生まれて初めてだ。

給湯器、製氷機

 なぜ「給湯機」ではないのか。なぜ「製氷器」ではないのか。
 「研究者」や「教師」はうれしがり、すぐさまへたな説明を始めようとする。
 「日本語」ともども地獄行き。

2007年10月2日火曜日

授業初日

 可もなく不可もなし。まあ、こんなものでしょう、僕程度の教師なら。

フェアトレード

 大企業でも広がりつつある。そういう時代になりつつある。
http://www.nytimes.com/2007/10/02/business/worldbusiness/02trade.html?_r=1&th&emc=th&oref=slogin

入学式

 まあスタートとしてはそれほど悪い出来ではなかったのではないでしょうか。
 明日は8時から(!)新入生の最初の授業です。ひらがなはまだなので「Kon'nichiwa」から入ります。新米教師だった30年前を思い出しますねえ。