2008年8月19日火曜日
2008年8月18日月曜日
知識と資本
Introduction to Economic Analysis
最終兵器としての悪ふざけ
リサイクルさえできぬような「ゴミ」の大量生産を永久に断念した元「研究者」は、この瞠目すべきペテンを思い出すたびに「ああ、引退してよかった」と思うのである。
2008年8月17日日曜日
「徹底的に真剣にやる悪ふざけ」
見逃したときに僕が残念に思う唯一の番組である。Jon Stewartのような人物がいて、それを支えるすばらしいチームがいて、そしてそれを享受する能力のある多くの視聴者がいること。これもアメリカ合州国の持つ底力の一つだろう。
2008年8月15日金曜日
新しいフェミニズム
A uterus is no substitute for a conscience
書評の意義
Code breaker
心の闇
取材内容の大部分も都知事の発言も何も産み出さない通り一遍の「解釈」に終始している。しかし、最後のエピソードが多くのことを示唆して読者を思考に誘う。リンクがうまく行っていないようなので、最後の部分のみ引用する。
""There were many onlookers taking pictures of my friends as they were dying," said a university student quoted in the Shukan Shincho, a popular weekly magazine. "I tried to stop them. But they never stopped. They were trying to show off that they were there.""
8.15.に改めて戦後日本の来し方行く末を思う。
Slavoj Zizek
Zizekほどのレヴェルともなれば、さらさらと書き散らしたようなものでも最低限この程度の文章にはなるという好例。
彼の書くものには、必ず何か新しい思考の種子が埋め込まれている。
2008年8月13日水曜日
Marcel Proust『失われたときを求めて』
それよりも何よりも、読み始めたばかりなのに、これは僕にとって(も)本当に大切な書物になるという確信を抱く。
限りある人生、やはりつきあう相手は選んだほうがよい。
ロボット、ロボット。
僕は教師なのでこういう話を聞いていてもすぐ自分の仕事のことに結び付けて考える。
いよいよこういう時代が来たのだ。いま仕事をしている人たちの首はたぶん大丈夫だろうが、これから(言語)教師を目指そうという人は覚悟しておいたほうがいいかもしれない。ロボットとポストを争わなければならない時代はもうすぐそこまで来ている。
2008年8月12日火曜日
ЙОВКОВ, ЙОРДАН
2008年8月11日月曜日
???
メジャーとマイナー
私は基本的にはウェブ上にあるものの99.9%はゴミに過ぎぬと思っているが、大手商業メディアが腰が引けて書けないことを鋭い(かつ成熟した)切り口でさらっと書く山崎元のこういう文章を読むと、やはりalternative mediaの存在意義を再認識する。
2008年8月10日日曜日
2008年8月9日土曜日
любовни дръжки
ところがきょう英語にもlove handleという表現があり、同じ箇所を指すことを知った。любовни дръжкиという表現を知らないブルガリア人が多いことを合わせて考えると、どうやら英語からの翻訳語らしい。
それから、handleという単語から、この表現に対するもう一つの解釈に思い至った。愛する人と向かい合って軽く抱擁する時、軽く手を当てる箇所がこの箇所だということに気づいたからだ。まさに「愛のハンドル」というわけだ。
だからなに?と言われても困るのだが。
2008年8月8日金曜日
Paulo Coelho
こちらもどうぞ。自ら著作の「海賊版」を公開している。Pirate Coelho, Coelho Box(現在英語訳は5ページあたりにある。)
ブルガリア語訳やロシア語訳はこちらNoel’s Weblog。 Coelhoが自身のBlogPirate Coelhoで紹介している。
京都教育大学職員サッカー部
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2008年第3回紅白戦
日時:9月6日(土)8時~12時
場所:桃山場グラウンド
ゲーム:試合形式90分1本 + 延長戦(自主参加)
トラキアの四輪馬車発見その2
幸いAPの記事には発掘直後の写真もある。早く復元展示を見せてほしいとは言わないので、専門家の方々には最善の保存をお願いしたい。
2008年8月7日木曜日
今夜のMezzo
Gil Shaham、Claudio Abbado、Berliner Philharmonikerでブラームスの協奏曲。
今や世界最高のヴァイオリニストの一人になりつつあるShahamの魅力が最高に発揮された名演だった。驚異的な技術をベースに名器ストラディヴァリウスを存分に劇的に歌わせる。私はこのタイプの音楽家が好きだ。まだ30代のはずだ。これからが本当に楽しみである。
彼はベルリン・フィルともアバドともとても相性がいいようだ。相性というよりも、世界最高の者たちの間だけで分かり合える何かがあるのだろう。三者が相互を高めあい、極めて充実した競演を聴かせた。楽団員たちの表情が演奏中もその後も終始生き生きとしていたのも印象的だった。
トラキア時代の四輪戦車の発見
2008年8月6日水曜日
日本の食糧自給率の下げ止まり
といっても自己努力によるものではないことは農水省自身の説明からも明白である。
世界的に農業の重要性はますます高まりつつある。補助金漬け政策を転換し、構造的改革に踏み出さない限り、日本の農業に未来はない。
呆れたニュース
関係するパーティの中のたった一つでもやるべきことをやっていたら防げたはずの不祥事。お粗末としか言いようがない。
Compassion論
簡潔にして平明、そして論理的。素人にも分かりやすく解説する能力の高さを証明する文章。研究論文ではないため、必ずあるはずの内的矛盾や留保などをすっ飛ばしており、その点では物足りないが、一般向けだから当然だろう。これまで知らなかったがClifford Orwinという人は優秀な学者だと思う。
Daniel Barenboim
僕がクラシックを聴き始めた30年以上前の頃は颯爽としたお兄ちゃんという感じだったが、年齢と共に深みを増し、今や押しも押されぬ巨匠である。先ほどのベートーヴェンにしても、これだけの精神性を湛えた演奏ができるのはいま彼だけではないだろうか。
いま彼は最後の輝きを放ちながら、激動の人生の締めくくりの段階に入ろうとしているかのようだ。
2008年8月5日火曜日
豊作
2008年8月4日月曜日
「日本」の変容
More children born with a foreign parent
お手並み拝見。
Христо Бойчев, "Полковникът-птица"
「面白うて、やがて哀しき・・・」バルカンのユーモア。ユーモアに共通するものが感じ取れるЕмир Кустурицаと違い、Бойчевが哲学や文学を――広く浅く、であれ――勉強している――特にこの作品では「言語ゲーム」理論が素朴な形で適用されている――人だということがよく分かる作品。それも西ヨーロッパの演劇人たちから一定の評価を受けている一因なのだろう。
このレヴェルをもっと読みたい。
2008年8月3日日曜日
夏目漱石「それから」
漱石は「予告」において書いている。「色々な意味に於て「それから」である。「三四郎」には大学生の事を描たが、此小説にはそれから先の事を書いたから「それから」である。「三四郎」の主人公はあの通り単純であるが、此主人公はそれから後の男であるから此点に於ても、「それから」である。此主人公は最後に、妙な運命に陥る。それからさき何うなるかは書いてない。此意味に於ても亦「それから」である。」
若々しい三四郎が近代日本の希望だとすれば、その矛盾と挫折とを体現しているのが代助だという解釈もできるのだろうか。
しかし、それにしても、漱石の作品に出てくる男たちの多くは、女たちに比べ、ひどく魅力がない。それだけ明治日本のヨーロッパとの葛藤と矛盾が深刻だったのだと言われても、魅力がないという事実は変わらない。
若い頃に比べ、自分の好みが漱石から鷗外へと大きく傾いてきていることを改めて想う。
外国人看護師・介護士受け入れ開始
いよいよ始まる。朝日・読売両紙が取り上げている。外国人労働者問題を需給関係に基づいて捉える思考法が早晩破綻することは世界の事例を見れば明らかだ。受け入れるからには可能な限り家族単位での在留を認めるなど、個々の労働者の幸福の追求を基本に据えた政策が必要だ。「しあわせ」とか「人類愛」などというおめでたい概念を振り回したいわけではない。功利主義的に見ても国家や経済界はその福祉原則を基本に置いたほうが長期的には「得」をするということを言いたいだけである。
2008年8月2日土曜日
ガルシア・マルケス『族長の秋』
独白者が絶え間なく、断りなしに変転し続けるこの文体は日本語(最初から彼はこの言語で書くべきだった)ならともかく英語などに翻訳する時にはどうするんだろうと苦笑もしながら読んだ。
奇妙な夢に悩まされる夜たちも終わる。それが少し寂しい。
Suicide Solution
READING THE OED, One Man, One Year, 21,730 Pages.
READING THE OED, One Man, One Year, 21,730 Pages.
三つ目のトイレ
Thai school offers transsexual toilet
このニュースにより、この学校が、ひいてはタイの教育や社会が、世界が見習うべきものを十全にもつことが証明された。
2008年8月1日金曜日
Susan George in Japan
ことあるごとに国益国益とほざく「愛国者たち」ほどその無知ゆえに「国益」を損ねているという、よくある話の一つ。
日本に関する文章はとかくまじめなものが多くて、時に退屈してしまうのだが、これは笑わせてくれた。彼女はまじめに怒っているのだろうが、しかし笑ってしまった。私は愛国者ではないので、それはもちろん苦笑ではなく、Garcia Marquezを読む時のと同じ、心の底からの哄笑であったことを念のために付記しておく。
言語教育の目的
ブルガリアの若者の意識
この記事では他に、現在外国で学習・就労している30歳以下のブルガリア人のうち将来の帰国を計画している者の割合が1%に過ぎず、逆に永久に或いは長期でブルガリアを出国したいと考えている者はその9倍いるというデータが紹介されている。
こういう数字は情勢次第でこれからもコロコロ変わるだろう。しかし、現在のブルガリアが依然として決して楽観できない状況にあることだけは間違いない。
芸術
ラトル、ベルリン・フィル、バレンボイムがブラームスの協奏曲2番をやっていた。耳に飛び込んできた最初の一音だけで眠気は吹っ飛んでしまい、結局最後まで聴き入る結果となった。
すべての領域において、至高のものというものがある。もう僕はそういうものしか受け付けない人間になってしまった。
2008年7月31日木曜日
日本における弁護士の位置
読者を色々と考えさせる視点をちりばめた面白い記事だ。日本の記者なら書かない/書けないだろうと私が面白く思ったのは、まだ弁護士が挨拶に来ないと市長が怒っているというエピソードだった。この挿話からは以下のような種々の視点が導き出せるだろう。
日本社会において法というものがどのような位置を占めているか、弁護士という職業がどのような眼差しで捉えられているか、さらにはそもそも日本社会においては歴史的に種々の利害対立をどのように処理してきたのか、などというところまで読者は考えようとするかもしれない。
日本に取材したNorimitsu Onishiの記事は以前からNYTimesでよく読んできたが、読者の問題意識を喚起しようという姿勢を明確に持ったこのような優秀な人の手になる記事をさらに期待する。
2008年7月29日火曜日
進路について
「一流会社の二流社員」か、「二流会社の一流社員」か?
山崎元が今日もいいことを言っている。「自分が好きだと思える仕事をすることと、なるべく早く自分の仕事のスキル・レベルを上げて自分の人材価値を作ること」。「人材価値」という表現などに表れる金融専門家らしい価値観に違和感を感じることが時折りあることも事実だが、しらっとした顔でこんな誰でも言いそうなことを言う、その底の、この人の芯の部分にある「まっとうさ」を私はかなり信頼している。
2008年7月28日月曜日
2008年7月26日土曜日
日本像の変容
これも一つの表れだろう。経済効果は別として、(東)アジアの平和と安定にも貢献できるものだとすれば観光だといって馬鹿にするのは間違いなのだろう。
El otoño del patriarca
彼の作品のいずれにも言えることだが、私の場合はどうも意識下で大きな影響を受けるらしく、彼の作品を読んでいる間は奇妙な夢を見ることが多い。
それはこの『族長の秋』にもあてはまる。目覚めてからも、ああさっきの夢はあのシーンの焼きなおしだなとか、さっきの夢の中の僕の台詞は彼の文体の真似をしていたんだなとか、と気づくことが多い。
恐るべき作家である。
2008年7月25日金曜日
ブルガリアのベビーブーム
珍しく現代ブルガリアを(/の一面でも)分析したものかと期待したのだが失望した。おまえがまだブルガリア語ができないからだという声が聞こえてきそうだが、現代のブルガリア社会を分析したもので自信をもって推薦できるものがあるなら教えてほしい。辞書と首っ引きをしながらでも読むから。
ミツバチ
この前ヨーロッパ中のミツバチがほぼ壊滅した時にも全く被害を受けなかったブルガリアのしたたかなハチたち。
がんばれよ、と声をかけて窓外に送り出す。
Arthur Schnitzler, "ANDREAS THAMEYERS LETZTER BRIEF"
人間の内奥を容赦なく抉ってやまぬ。怖るべき作品。
鏡
そもそも僕は鏡を使って自分を見るという習慣を持っていないのだが、それにも実は僕自身が認めたがらないような深い意味があるのかもしれないね。
2008年7月24日木曜日
戦後日本と産業
戦後日本は新憲法の下で「人類の幸福と平和」をキーワードに、よたよたしながらも、歩みを進めてきたと思う。それは産業人にとっても同様だったはずだ。
ますますグローバル化が進み、自国民の幸福と平和は地球大のそれと密接不可分になりつつある。矮小な「国益」「社益」概念のみに囚われぬスケールの大きな見取り図のもとに着実に歩みを進めることが重要だ。「平和」「環境」「衛生」「健康」。。。一見耳障りのよいことばたちが偽善的な口実に成り果てることのないよう望む。
2008年7月23日水曜日
孤独の密かな楽しみ
A Secret Society of 30 Million
Klinkenborgさん、もっといい方法がありますよ。読者が3人ほどしかいないブログを営々と続けること。これです。
と、ここまで書いて、Klinkenborgの文章にはほんの四日前にも惹かれると書いたばかりだということに気づいた。また一人好きな書き手を見つけることができて幸せなことである。
2008年7月22日火曜日
2008年7月21日月曜日
銀河の衝突
2008年7月20日日曜日
もう1年まだ1年
1年前のちょうど今日、私はここSofiaにやってきた(厳密に言うと延着のせいで日付は変わっていたが)。
自分では気がついていなかった。何人かの人に指摘されて気がついた。
自分よりも周囲の人たちのほうが私の生活のことをよく知っているというこの事実が、端的に、私が日本を出、ここで充実した生を送ることができていることが、己の力によるものではまったくなく、実はひとえに多くの人々の善意や理解によってもたらされたものに他ならないということを物語っている。
仏教徒がよく使う「生かされている」ということばはこういうことを指しているのかもしれない。
2008年7月19日土曜日
第4回ブルガリア日本語教育セミナー
「第4回ブルガリア日本語教育セミナー」
非漢字圏出身学習者に対する漢字教育: KanjiKreativ採択セミナー&ワークショップ
日程:2008年7月24日(木)~26日(土)
会場:ブルガリア・ソフィア大学東洋言語文化センター
(79 Todor Alexandrow Blvd, Sofia 1303, Bulgaria)
テーマ*:非漢字圏出身学習者に対する漢字教育:
KanjiKreativ eラーニング・プログラム採択-「漢文字から漢字文脈化」へ
講師:山田ボヒネック頼子 (ベルリン自由大学日本学科准教授)
問い合わせ:アルベナ・トドロヴァ(albena_bem@yahoo.com)
海
確かに海はいい。人として生を受ける時に賦与されたはずの無条件の平等を享受させてくれる場はこの世知辛い現代では他にはほとんどない。ここブルガリアでもSofiaっ子の多くが夏になれば黒海まで出かけていきたくなることの中にもそういう気持ちが働いているのだろうか。
この記事の文章には単なる外国事情紹介とは一線を画した一種の詩情があって好感を持った。
治安
僕の周辺はこの1年平穏無事だったんだよなあ。裏で火事があった(おかげでSofiaの消防士の技術水準が分かった)のと、時折り銃声らしいのが聞こえた(近くじゃないからここまでは流れ弾は飛んでこないよと友人に言われた)のと、Sofia郊外の軍の武器庫が大爆発した(早朝から花火かよと起こされた。さすがにこの事件はBBCでも取り上げられた)ぐらいしかない。いつもリュックのファスナーが開いていると友人にたしなめられるが、まだすりにも引ったくりにもお目にかかっていない。
まあ、そろそろなんでしょう。
2008年7月18日金曜日
ブルガリアの腐敗
既に加盟している諸国やEU参加を目指す諸国への一罰百戒の狙いも込められているようだが、なぜ努力しない国のために我々の税が浪費されねばならないのかというEU市民の批判も頷ける。
私の知る若い人たちの多くは現政府に対して憤りを感じている。それが希望といえば希望だろう。
EU plans to block aid to Bulgaria
2008年度京都教育大学国文学会
場所 京都教育大学 F16(F棟16教室)
研究発表・講演者および題目
■研究発表
1. 「~たり~たりする」という形は標準的か?
―コーパスからみる母語話者と学習者の実態―
大阪府立大学大学院・本学非常勤講師 中俣尚己
2. 小学校二年生の国語教室―一年間の取り組みを通して―(仮題)
草津市立志津小学校教諭 橋詰加奈
3. 言語感覚育成の取り組み―連句創作、俳句創作の試みを通して―(仮題)
私立東山高等学校教諭 柴田昌平
4. 漢文をジャンルで考える
本学准教授 谷口匡
総会 16:20~
懇親会 17:00~ 会場・職員会館(会費3,500円)
(問い合わせ先:事務局kokubun@kyokyo-u.ac.jpまで)
VERLYN KLINKENBORG
THE RURAL LIFEはNYTimesの中でも僕が最近愛読している欄である。こういう種類の文章を愛するようになったこと。このこともここブルガリアに住むようになってからの僕がいかに変わってしまったかを物語っているように思う。一番驚いているのはもちろん僕自身である。
楊逸の芥川賞受賞
読売新聞(芥川賞 外国人が日本語で書く時代)がひどかった。一応祝福はしているものの、どうも文学には暗いらしい(筆者は恐らく受賞作を読んでさえいない。)読売のいつもの社説らしく、極めて浅薄な話に終始している。「日本文学」は「日本人」の手になる文学だという未検討の俗説に未だ囚われている。「日本語文学」という新しい概念も知らないようだ。「外国人の感性が刺激となって、日本文学にも新たな活力が生み出されていくことだろう。」という結びの言葉がその限界を端的に物語っている。せめて、朝日新聞(芥川賞―外から吹き込んだ新風)や東京新聞(芥川賞 新しい物語の始まりだ)程度の教養のある者を編集委員に加えるべきだろう。
2008年7月17日木曜日
卒業文集
ーーー
氏名:駒田聡
学年:51年生
使える言語:日本語を少々。
日本語を学んでいる理由:まだ十分に日本語ができないから。
趣味:勉強。
特技:なし。
好きな/嫌いな食べ物:ほどよい塩味のсирене/塩からすぎるсирене
好きな/嫌いな映画:10回観てもまだ新しい発見がある映画/9回観れば全部分かってしまう映画
好きな/嫌いな歌:「風に向かって立つライオン」/「君が代」
好きな/嫌いな動物:人間以外のすべて/人間
皆へのメッセージ:Haiho!
杉本苑子『穢土荘厳』
前に触れた海音寺潮五郎もそうだが、歴史小説を読む際には、また独特の期待値を設定したほうがよいようだ。
2008年7月16日水曜日
バラの谷
言うまでもなく私は香水に興味はないが、朝露をのせたバラに溢れた谷を歩いてみたいとは思う。
乱開発に泣くブルガリアの美しい自然。100年後もその輝きを保ち続けられるか。
自然環境の真の価値がいつ本当の意味で認識されるか。それがこの国の将来を占う鍵の一つになる。
Bulgarian valley turns from guns to roses
2008年7月15日火曜日
Satireというもの
The Politics of Fear
いつも薬味の効いたイラストを描いているBarry Blittの作品だが、Obama陣営(彼の選挙マシーンの特徴だが、微妙な問題に関しては今回も本人は記者会見で肩をすくめるだけにとどめ、まず陣営のコメントとして出している)は"tasteless and offensive"とコメントしている。ライヴァルの共和党候補からもやりすぎと批判され、THE NEW YORKERは共和党陣営がObamaに被せようとしているイメージを逆手にとってからかったものと説明している。
候補者たちにとっては生死を賭けた戦いである選挙という文脈においては「洒落にならない」ということなのだろうが、しかし、その文脈を離れてみれば、この程度のSatireは同誌には珍しくないし、愛読者の一人としては逆にそれぐらい批判精神に基づいたからかいを抜きにしては同誌の魅力は半減する。
暖炉で星条旗が燃やされ壁にOsama Bin Ladenの肖像がかかる大統領執務室でイスラム教徒の(ような)格好をしたObamaがカラシニコフを担いで戦闘服を着た奥さんとfist bumpをしている。これほど露骨にこれはSatireですよとメタメッセージを込めているのにそれでも大騒ぎするということは、逆にそれらの要素そのもののもつ問題性を抉ってゆくという知的営為の芽を摘んでしまう危険がある。よもやそんなことはないと思うが、同誌がこれに怯んで自己検閲を強めぬことを望む。
Satireとは何か。鍵はObama陣営の言うtastelessにあるだろう。tasteがなければ洒落は成立しない。こちらをにやりと笑わせ、次なる思考へと導いてくれるような高度な知性を持たないのであれば、そもそもSatireという手段に訴えてはならない。
え? はいはい。気をつけます。
日本の仏教
In Japan, Buddhism May Be Dying Out
日本の社会における「宗教」の位置というテーマはとても面白いものだと思うが、よほど深い調査分析をした上でなければただのお喋りになってしまうテーマでもある。その意味でこの記事は分かったような顔をしない、禁欲的で落ち着いた記述で好感を持った。




