2010年5月5日水曜日

世代間ギャップ

Generation Next
 日本のこの世代――millennial generation――にも、ほとんど同じことが当てはまるように思う。米国と日本との共振性がここにもある。

2010年4月29日木曜日

Twitterねえ。。。

 山崎さんは「Twitterをしばらく使ってみて思うのは、特に、私のような中年オヤジは、Twitterをやってみるといいのではないだろうかということだ。一投稿が短くて済むので負担が小さいし、短時間で情報が更新されるスピード感と馴染んでおくと、何かといいのではないだろうか。「俺も、一言言いたい」というタイプも、ブログで文章を書くよりも、Twitterの方が反応が早くて楽しいだろう。もちろん、老若男女誰でもいいのだが、我が同世代の人々は、「あれのどこが面白いのか分からない」と言いたがる傾向が強いので、敢えてお勧めしておきたい。」というが(「Twitterをしばらくやってみて」)、それはあなたのような内省もおしゃべりも共に十分にこなせるだけの一流の頭脳だからこそ言えるのであって、凡人は手っ取り早いそういうものにすぐ飛びついて、その世界にどっぷりと漬かってしまい、じっくりとものを考えたりゆっくり勉強したりすることを放棄してしまう、あるいはそういう世界が存在することさえ知らないまま生きているようですよ。僕の周りでもそういうのに時間を使っている――と言うより使われているー―奴らが少数ながらいますが、ほんとに奴らのおつむ、ひどいですよ。

2010年4月21日水曜日

エイプリル・フール

 ちょっと古くなったが、今年、私はこの記事にだまされた。
Bulgaria abandons euro zone dream, to adopt the rouble

 エイプリルフールの古典といえば、これ

 傑作はこれ

Alec Soth

Ash Wednesday, New Orleans
 映像と文字。そのコンビネーションが絶妙だ。報道には、また芸術には、こういう可能性もあった。彼の作品をもっと見たい。

2010年4月17日土曜日

Self-injury in Japan

Self-injury in Japan
 自傷行為というものを私は理解できていない。自殺へのプロセスの一過程、あるいは分岐かと思うこともあるが、自分が自殺への誘惑に駆られたことは何度かあるにもかかわらず手首を切りたいと思ったことは一度もないことを見ても、恐らくまた異なった心理的過程なのだろう。
 痛ましい。

2010年4月16日金曜日

電子書籍

Some Thoughts About E-Reading
 そうだろう。テクストはテクストだ。紙の書籍だろうが電子書籍だろうが、中身だけを問題にする分には両者に変わりはない。しかし、その「中身」というものを「メッセージの内容」という狭義から、彼の言うような広義の意味に拡大して行けば行くほど、問題は変容してくる。
 電子書籍は、本はこれからどうなっていくのだろうか、という程度の問題ではない。読書をする我々が、人間として、どう変容していくのか、という実存的な問題である。

2010年4月15日木曜日

上昇志向というもの

Once drawn to U.S. universities, more Japanese students staying home
 これは、この分析の甘い記事で言うような、企業風土や学費や大学全入時代というような表層の問題ではなく、これもやはり記事の中でインタビューされた若者が使った「草食男子」というはやり言葉に象徴されるような「ポストモダン」の構造的変動なのではないかと思う。上昇・拡大・増加・発展などのキーワードに象徴されるような「近代」の終焉が真っ先に日本に現象として現れてきている、ということではないかと思う。
 きのうのここのTVニュースで、上海からここまでリヤカーを引っ張って歩いてやって来た日本の若者を取材していた。ポルトガルまで行くという。しかし、帰りはさすがに飛行機で帰ると言ってスタジオを笑わせていた。この、何気なくさりげなく、遊び心で大きなことをやる「草食男子」もいる。インタビューを受けている態度もそのことばも、そこら辺のオタクと変わらないものだった。昔の「冒険男」たちとはずいぶん違う。
 少し前から考えていることだが、世界が大きく変わっていく、その踊り場に今の日本はあるような気がする。だからといって今後日本が世界の未来像だなどというおめでたいことを言いたいのではない。「近代」の終焉を演じ始めた現代の日本を研究していけば、おそらく世界が次に向かうべき方向――それは多分日本の今とも違うものだろう――の様々な可能性が見えてくるのではないかと言いたいだけだ。

2010年4月14日水曜日

日本人の腸

ノリや寒天、日本人は栄養に
 日本人の腸は、長いだけではないようだ。日本を出て3年しか経っていないしこれといって明確には言えないのだが、どうも日本で生まれ育った者とここの人たちとの腸は他の点でも色々異なるところがこれからも発見されるような予感がする。

井上ひさし逝く

井上さん逝く―築いた言葉の宇宙に喝采
 また一人、戦後日本は大切な人を失った。私の先生たちが次々と旅立ってゆく。おまえ、もうちょっと頑張れよ、と言いながら。

 私は幼い頃から、何か/誰かから逃げる夢を数多く見てきた。それは恐ろしいものだったり、巨大なものだったり、極めて困難な課題だったりで、その苦しみで夜中に目覚めることも数多くあった。
 ここ半年ばかり、その種の夢をばったり見なくなっていた。新しい生き方に慣れ始め、おや、これは穏やかな老境が待っているのかもしれないぞと半ば期待し始めていた。
 ところが、ここ1週間ほど、再び、邪悪な、巨大な、強力な敵に追われる夢が続いている。
 また昔の自分に戻りつつあるのか、と思いきや、分析してみると、実は、そうではない。
 以前の苦しい夢との違いは2点。ひとつは、最初から敵が敵として存在しているわけでなく、はじめは友好的であった存在が突如邪悪なものに変身し、突如私に襲い掛かってくる、というパターンに変わったこと。もうひとつは、極めて苦しい闘い(この苦しさ自体は変わらない)の末、最後に私は敵を倒し、自由を勝ち得たところで、ほっとして目が覚める、というパターンに変わってきたことだ。
 私は年を重ねるごとに強力な存在になりつつあるようだ。XD

2010年4月9日金曜日

誕生日!

今日は私の誕生日だった(そうだ)。思い出させてくださった本当にたくさんの方々、どうもありがとう!
ちなみに、今年の白眉は、
「駒田先生、お誕生日おめでとうございます。これからも300年、よろしくお願いします。」

「We remembered you fondly.」
だった。

2010年3月27日土曜日

THE MALE BRAIN?

A Mind of His Own

 そうだそうだ、と簡単に、それも多くの人が納得しやすい話ほど危険なものはない。その危険に警鐘を鳴らし、偏見を取り除くのが「知」の責任である。

2010年3月2日火曜日

ほんの小さなことども。

Sometimes the Smallest Things
 思い当たる人も、そして事も、多いだろう。
 そしてその小さな誤りの発見が、なぜ彼の心を温めるのか。彼はわざと書いていない。しかし、それは、それらの小さな誤りの一つ一つが、自分をこよなく愛してくれた人々についての、小さな思い出の一つ一つに強く結びついているからだ。
 家族だけではない。教育というものそのものにも、そういうものがあっていいし、またあるべきだろう。

2010年2月23日火曜日

中島敦「名人傳」

飛衞は新入の紀昌に命ずる。「先づ瞬きせざることを學べ」。紀昌がそれを会得すると今度は「瞬かざるのみでは未だ射を授けるに足りぬ。次には、視ることを學べ。視ることに熟して、さて、小を視ること大の如く、微を見ること著の如くなつたならば、來つて我に告げるがよい」と。それをも会得した紀昌は、初めて飛衞から射術の奧儀秘傳を学ぶ。
ここまでは、「射抜く」ためには「見抜」かなければならぬ、ということだ。何かを「為す」ためには徹底的に視なければならぬ、ということだ。
次に飛衞と紀昌が闘う。勝負はつかない。これは何かを「為す」ということでは、ある次元を超え出ることは永久にできぬことを意味する。
甘蠅は全く異なる次元の人である。「羊のような柔和な目をした、しかし酷くよぼよぼの爺さんである。年齡は百歳をも超えてゐよう。腰の曲つてゐるせゐもあつて、白髯は歩く時も地に曳きずつてゐる。」しかし、弓矢を用いずに鳶を落とす。「弓? と老人は笑ふ。弓矢の要る中はまだ射之射ぢや。不射之射には、烏漆の弓も肅愼の矢もいらぬ。」
何事かを為すということに必要な何物か、というものがこの場合は弓矢だとすれば、何事かを為すということ自体の地平がここで崩される。
甘蠅のもとで9年を送り山を降りてきた紀昌はもう二度と弓矢を取ることはない。何かを射るということを一切しない。つまり、何も為さない。
至爲は爲す無く、至言は言を去り、至射は射ることなし。

2010年2月16日火曜日

ブルガリア語‐日本語‐ブルガリア語フリーオンライン辞典

ブルガリア語‐日本語‐ブルガリア語フリーオンライン辞典の見出し項目数が20,000を超えた。立ち上げ以来2年足らずで、よくここまで来たとも思う。しかし、まだ「始まりの始まり」の段階に過ぎない。初学者にも使いやすい辞典にするためには、内容の充実・改善は言うまでもないことだが、見出し項目数も最低500,000項目は必要だろう。「100年計画」。やるべきことがまだまだ残っていて、退屈しなくていい。:)

2010年2月15日月曜日

Why Do Sled Dogs Run?

Why Do Sled Dogs Run?
 そうだ。犬たちはなぜ走り続けるのか。そして人も。私も。

2010年2月10日水曜日

死刑という問題

Record 85% favor death penalty
 85.6%というのは大変な数字である。ほぼ日本のコンセンサスといってもよい数字だ。年を追って凶悪犯罪が増加している、と日本国民の多くが考えている、という変数を考慮に入れても、調査の始まった1994年ですでに73.8%という多数が死刑を支持していたという事実は、日本国民が基本的に死刑という制度を支持し続けている、ということ、及びその基層に、時代の変化や社会状況やデマゴギーとは別の、何らかの問題が横たわっている可能性を考えなければならないことを示唆している。
 「馬鹿は死ななきゃ治らない」「死んでお詫びする」などの慣用表現が存在することからもわかるように、日本人は、管見では恐らく近世以降、一貫して独特の死生観を持ち続けているように思える。
 国際的にも多いとされる日本の自殺者の問題をも視野に入れれば、死刑制度の存続か廃止かという法的な側面で論じられる傾向の強いこの問題は、実際にはあの社会に住む人々の死生観から問い直す必要性のある問題であると思う。

過去を直視すること。記憶を手放さないこと。

 良書が出たようだ。
Book review: 'The Last Train from Hiroshima' by Charles Pellegrino
 人類には、絶対に忘れてはならぬ、直視すべき歴史がある。それが、いかに自分たちの虚栄にとって都合の悪い過去であろうと、だ。それは、たとえば、アメリカ人にとっての原爆であり、日本人にとっての、戦争中の数々の残虐行為であり、ドイツ人にとってのアウシュヴィッツだ。アメリカと日本は最も学習の遅れている人々だと思う。

2010年2月9日火曜日

決定不可能性という問題

 ある者のことばにどのような意味・意図が含まれているかを決定することは100%聞き手/読み手に委ねられている。ことばを発した者が、いやそういうつもりで言った/書いたのではない、と主張しても無駄である。最終的にその意味・意図を決定するのは原理的に受け手の側である。
 誰を信頼・信用するかに関しても、同様の問題がつきまとう。なぜ私でなくあいつのことばを信用するのだ、と腹を立てても、傷ついたとしても、それは詮方ないことである。それは、私があいつほど信用されていない、という端的な事実を表しているに過ぎない。
 価格は、売り手ではなく、買い手が決定するのだ。
 しかし、じつは、問題はそれでは終わらない。
 誰のことばを信用するかが徹頭徹尾聞き手の判断に委ねられているという事実は、逆に聞き手の側に関して言えば、誰のことばを信用するかによって聞き手の利益・不利益が左右される、ということでもある。
 私が誰かのことばを信じて、結果として裏切られたとしても、また自分のことばを信じてくれないからと誰かが私を見限ったとしても、それはすべて私の責任なのである。

2010年2月6日土曜日

one village one earth 日々の出来事

one village one earth 日々の出来事
St.Valentine's day Fair 開催中!
フェアトレードのお飲みもの
tsunami craft展 終了しました。

2010年2月5日金曜日

音節とモーラ(拍)

Sun MicrosystemsのCEO、Jonathan Schwartzが辞任表明をTwitterで行った際に、俳句、いやHaikuを発表した。
"Financial crisis
Stalled too many customers
CEO no more."
彼の苦渋や感慨はさておき、このHaikuは私にとても興味深いことを気づかせてくれた。
この「作品」は、確かに「5-7-5」のリズムで構成されているのだが、指摘されなければこれが俳句の形式だとは日本語母語話者の誰も気づかないだろう。俳句だと気づかない、というのは、取り立ててここで、文字が、とか、季語が、とか、情緒が、とかなどというようなことを言いたいのではなく、これが私に音節とモーラ(拍)との違いを再確認させてくれたということだ。
この5-7-5音節のHaikuを5-7-5モーラ(拍)の俳句のリズムで詠みかえるのに、私は3分ほど苦労しなければならなかった。つまり、音節とモーラ(拍)とは、少なくともも日本語の話し手にとっては、似ても似つかないものだということだ。日本語のリズムから抜け切れない日本語母語話者が外国語を話す時の「なまり」や、多くの日本語非母語話者の話す日本語の「なまり」のうちの恐らく60%ぐらいはこの音韻のリズムの違いに起因するのではないかと私は思っている。

2010年2月4日木曜日

one village one earth 日々の出来事

one village one earth 日々の出来事
tsunami craft展が読売新聞で紹介されました。
St.Valentine's day
萌友のバッグが入荷!

2010年1月31日日曜日

one village one earth 日々の出来事

one village one earth 日々の出来事
tsunami craft展が神戸新聞で紹介されました。
“one village one earth 遊と講 vol.1 被災地と日本をつなぐクラフト”終了しました。

2010年1月30日土曜日

one village one earth 日々の出来事

one village one earth 日々の出来事
ルマガ創刊!
tsunami craft展 始まりました。
月刊one village one earth創刊!

2010年1月29日金曜日

2010年1月15日金曜日

DNAのジレンマ、に見えるが実はジレンマではないこと

セクシーなメスは損、ショウジョウバエ
 優秀な遺伝子は危険にさらされやすく、結果的に生き延びる可能性が小さくなる、ように一見見える。しかし、おそらく、実はそうではない。最終的には、そのような危険をも乗り越える強さをも兼ね備えた遺伝子が生き残りやすい、ということだ。

2010年1月10日日曜日

On being Foreign (in Bulgaria)

 今日のKarolinka In & Around Bulgariaは彼女の肉声が生き生きと聞き取れる、取り分け素晴らしい文章だった。彼女が取り上げたThe Economistの記事は後でゆっくり読ませていただく。

2010年1月8日金曜日

小澤征爾

Maestro Ozawa has cancer, cancels schedule through June
 世界を舞台に走り続けてきた、戦後日本を代表する芸術家の一人でもあり、また誰もが「小澤さん」とさん付けで呼びたくなるような魅力的な人柄で世界中の人々に愛されてきた。ここ数年の健康不安で心配していたが、ショッキングなニュースが飛び込んできた。
 しかし、不死身の彼のことだ。いつものようにニコニコしながら、ガンをも平らげてしまうだろう。心からのエールを送る。

2010年1月4日月曜日

VERLYN KLINKENBORG

Snowing Forward
On the Ice
 彼を冬を描くときに最も精彩を放つ作家だと思うのは私だけだろうか。それは彼が常に「他者」と向き合う志向性を持つ作家だからではないか。冬は最も他者性の高い季節だ。
 この短い二つの文章を見よ。コウモリ、ハタネズミ、キツツキ、そして氷上の孤独なスケーター。彼の筆にかかろうとかかるまいと常に確たる他者として孤高を保ち続ける存在たちと向き合うとき、彼の目は冴え、そして温かい。

2010年1月2日土曜日

明けましておめでとうございます。

 2010年は私の新しい人生が本格的に始まる年でもあります。読者のみなさんにとっても充実した年となりますように。

2009年12月31日木曜日

大局観

大晦日に考える 日本人の見えざる変化
 少々荒削りでもよい、反論の余地が少なからず残ってもよい。こういう節目の時にこそ、稀有壮大な話がほしい。
 いつもながら、その期待に東京新聞の社説だけは応えてくれる。

2009年12月26日土曜日

声の力

郡山市立郡山第二中学校(金賞) 課題曲「YELL」
 何も特別な音楽教育を受けた特別な中学生たちではない。普通の市立中学校の生徒たちだ。
 それが、この合唱のすばらしさはどうだろう。
 先生の指導もすばらしいのだろう。生徒たちの表情も声の出し方もとても自然で、それでいて極めて高い音楽性を達成している。
 すばらしい。

2009年12月25日金曜日

狂言の恐ろしさ

 たとえば「猿座頭」。所詮は狂言だ、面白おかしく笑っていればいいと言う人がいるかもしれないが、私は痛々しくて今日は最後まで見られなかった。身体においても言葉においても、私はハンディキャップにつけこんで人をだますげすどもを憎む。

2009年12月24日木曜日

アントニーとクレオパトラの最期

Threshold to Cleopatra's mausoleum discovered off Alexandria coast
 研究というもののすごさを再認識するとともに、もしこれが事実なら、プルタークへの評価が一層高まるだろうと思う。

夜明け


(Credit & Copyright: Anthony Ayiomamitis (TWAN) )
 Cape Sounion。2,400年前のポセイドン神殿に朝日が昇る。
 最初から最後まで、下らない事件や下らない者たちに鼻面を引き回されたような感しか残っていない私の2009年が終わろうとしている。
 この写真を本当に美しいと思う。私は朝日にもなれないしポセイドン神殿にもなれない。しかし少なくとも、げすどものほうではなく、朝日やポセイドン神殿のほうにできるだけ近いところで生きてゆこう、と新しき年を前に誓う。

2009年12月23日水曜日

よかったよかった。

 みなさん、喜んでください!今年もサンタクロースが来てくれるようです!
 暗いニュースばかりの私の身の回りでも、これは最高のニュースです。
 私は子どもでも美女でも勇敢な男でもないけれども、何とか2009年も生き延びることができそうなので、今年も僕の靴下に何か入れてくれるかもね。:)
 では、ニュースをお読みください。

Exclusive Statement during Bulgarian Government Meeting

Novinite.com reports today exclusively from the secret meeting of the Bulgarian Government, held earlier at the Council of Ministers building in Sofia.
By popular demand and due to the global economic crisis that has recently struck Bulgaria, it has been voted that the budget normally allotted for bringing Santa Claus to Bulgaria will be frozen.
Nevertheless, the Prime Minister read an exclusive statement by Santa Claus, who declares that he will come to Bulgaria on his own expenses and will bring a lot of presents, joy and smiles not only to the kids but also to the beautiful Bulgarian women and to the brave Bulgarian men who managed to survive the 2009 crisis year.
Novinite.com is the only news agency to cover the unique event, as Santa Claus, an English-speaking gentleman, is a committed reader of the media and knows that Novinite.com is the most influential from among all media in the country.
Happy Holidays and sincere wishes for millions of GOOD news in 2010 form your fully dedicated and professional team of Novinite.com! :)

2009年12月21日月曜日

まるかいてブルガリア

 ちょっと離れているうちに、私はますます世間から遠ざかりつつあるようだ。。。そして、私の精神のためには、そのほうがどうやらよさそうだ。
 まるかいてブルガリア

2009年12月18日金曜日

分析

At Japanese Cliffs, a Campaign to Combat Suicide
 日本における自殺の問題が極めて重大な問題であることは言うを俟たない。肝要なのは、緻密で深い分析に基づいた構造的な対策である。しかしNYTimesでさえこの程度の浅薄な記事しか書けないようでは、解決までの道のりは遠いと言わざるを得ない。経済的・心理学的説明だけで解決しないことは長年の失敗の蓄積を見れば容易に判る。そうではなく、歴史的・宗教的・社会的・文化的、その他あらゆる側面からの検討を進め、それらを総合してゆかなければ、この問題へは取り組めない。それほどまでに構造的な問題なのだ、これは。

2009年12月17日木曜日

喧嘩

羽毛田宮内庁長官を「少し」応援する
 今日の山崎さんも正論を吐いている。列島を一歩出たらほとんど見向きもされないような瑣末な問題を私は一々日本のメディアで追っているわけではないので詳細は知らないが、しかし、政治家や官僚がどんどん喧嘩するというのは基本的には悪いことではあるまい。ただし皆さん、納税者に食わせてもらっている方々である以上、どうせ喧嘩を始めるのなら首をかけてやっていただかないと困る。納税者は痴話喧嘩に現を抜かせるためにあなた方に月給を払っているわけではない。

2009年12月15日火曜日

経済原則

Ancient Tablets Decoded; Shed Light on Assyrian Empire
 すばらしい。まとまった解読成果を早く読みたい。
 それと共にここにも行政の問題があることを知る。同じ経済至上主義の原則に立ったとしても、その地に今すぐダムを作るという経済原則に従うか、100年後200年後の国家・地域経済に資する長期的なコスト・アンド・ベネフィット原則に立つか、という選択はトルコ政府に残されていることを知るべきである。

2009年12月14日月曜日

人間としての醜さ

 今朝の出勤途中、黄色の安全服を着て道路清掃をしていたロマ系ブルガリア人女性に向かって、ブルガール系ブルガリア人の若者たちが雪玉を投げつけていた。
 彼らは私には投げつけなかった。そのことにほっとする私の醜さは、あの馬鹿者どもの醜さとさほど変わらないものだ。

会議の思い出

会議の思い出
 私は会議というものはほとんど大学の教授会しか経験がないので、そうか、企業の会議というものはそんなにつまらないものなのか、と改めて教えられた。教授会は退屈だという教員は多いのだが、僕には実はそれほど退屈なものではなかった。議決権所有者は全員が研究者だから、あらゆる議論が知性の勝負の場となる。教授会初心者の時代の数年は喧嘩っ早い性格も手伝って山崎さんの言う「正統派」的行動、つまりしょっちゅう発言する、ということもしていたが、10年を過ぎたあたりから、実はものごとは会議自体ではなくほとんどそれ以外の場で決まっていくということが分かり始め、ここぞという場面でしか発言をしないように変わっていった。そして教授会を同僚たちのおつむの中身を評価する包括的機会として捉えるようになっていった。誰かが発言すれば、それが取りも直さずそいつのおつむの程度の評価資料になる。ああ、こいつ、成長したな、とか相変わらず馬鹿だな、とか、ああ、やっぱりこの人は今日も鋭いことを言うな、とか、そういうことを考えながら座っていた。大学運営に少し関わり始めた頃からは、それらの評価結果を、誰にどんな仕事をお願いするか、ということを決定する際の重要な参考にした。
 自分の人生の一つの重要な場としてあれほど長年慣れ親しんでいた教授会というものから離れてはや3年が過ぎようとしている。会議というものが、議論というものが、大げさに言えば研究者生命を賭けた知性のぶつかり合いというものが、どういうものだったかを忘れ始めている自分を見出す時、人生というものは変わる時には本当にがらりと変わってしまうものだ、と苦笑を禁じえない。しかし、かと言ってノスタルジアを感じているわけでもない。この人生においては、話し合えば解決できる、というような程度の「問題」など、実は問題の内には入らない、ということを悟り始めているからでもあろう。

2009年12月13日日曜日

16,000語突破

ブルガリア語―日本語―ブルガリア語フリーオンライン辞典」の見出し語数がいつのまにか16,000を超えてることに気づいた。もう1,000語単位の区切りでいちいち感慨を催すような段階ではなくなったということだ。これからは1万語の区切りごとに感激させていただくことにする。

2009年12月10日木曜日

Студентски Празник

 ブルガリア中の大学が休みになる「学生の日」。ソフィア大学日本専攻の学生たちは今年も一泊旅行に繰り出した。私は光栄にも今年も招待教師の中に入れていただいた。教師として大変名誉なことだ。学生諸君からの厳しくかつ温かい評価を通じてしか教師という生物は成長しないようにできている。この大学で教える最後の年度。最後の学生旅行。最後まで一生懸命私と付き合ってくれている学生諸君に敬意を表する。
 旅行自体も、Златиをリーダーとする学生諸君の運営ぶりに感心した。計画段階から終了まで、完璧だったといってよい。教師たちは完全に「お客様」――文字通りそうであった。またそうであるべきなのだが。――としてただ旅を楽しんでさえいればよかった。
 最後の年度に、学生たちのすばらしい成長を見せていただいた。これで安心して大学を去ることができる。
 諸君、ありがとう。

2009年12月2日水曜日

プレゼント

 いかにもこの季節らしい、スマートな贈り物だ。いい時代になった。
Looking over the Shoulder of the Creator of “A Christmas Carol”

Rainer Maria Rilke

Rose, oh reiner Widerspruch, Lust,
Niemandes Schlaf zu sein unter soviel
Lidern.
 永遠のコスモポリタン。しかし、彼には詩があった。私には何がある?

2009年11月30日月曜日

ええかっこしい

 関西語に「ええかっこしい」という言葉がある。何一つまともにできないくせに自分に能力があるかのように見せかけることにかけてだけは長けている奴のことだ。日本にいた頃は、そういう人間は当人がまだ子供の間に選別されてしまって大人の仲間入りをさせてもらえず、社会的淘汰の結果、私が仕事をするような領域からはほとんど消えていたのだが、最近そういう生物がまた私の周りをうろちょろし始めているようで、どうも目障りだ。醜いだけなら当人の勝手だが、みんなのために黙々と頑張っている人たちにも迷惑がかかり始めた。早く私たちの視界から早く消えてほしいものだと思う。

2009年11月27日金曜日

言語政策のジレンマ

Slovakia: The Forbidden Languages
 言語政策の難しさは、程度の差こそあれどの国家にもつきまとうのだが、EU加盟国の場合はさらにEUの共通理念というものが関わるのでさらに複雑さ・困難さが増す。困難で壮大な実験は続く。
 しかし、最も根本的な問題は、アイデンティティという得体の知れないものをでっち上げてしまった頃から人類が自縄自縛に陥ってしまっていることなのだろう。

2009年11月26日木曜日

かわら塾閉塾

 35年の歴史。3000名を超える塾生が学んだ。そのほとんどは欧米人で、多くが教師・研究者だった。民間塾として、20世紀の最後の四半世紀、京都における日本語教育/研究・日本研究の中心地だったといってよい。そこに関わった教師・塾生で、現在世界的に活躍する者も数多い。
 私も20代から30代にかけての新米教師時代の多くの時間をそこで過ごした。京都の町家の畳の上で、教師も塾生も座卓を囲んで座布団の上に背中を丸め、長い時間、談笑し、議論し、喧嘩をした。
 人間としても教師としても研究者としても、若き日の私を創り、現在の私という人間のかなりの部分を育ててくれた場であった。授業後塾生たちと朝まで京都の街で飲み、そのまま翌朝の授業に一緒に出かけるというようなことを続けていた時代もあるし、ひとり住み込んで毎日仕事をしていた時代もある。
 国籍・宗教・文化・領域を超えて、世界中から集まったみんなは、若く、激しく、そして猛烈に勉強した。勉強しない奴は相手にされなかった。私はアリストテレスから現代量子論、ジェンダー理論まで、すべてそこで出会った世界中の専門家たちから手ほどきを受けた。
 もう、あんな場所が日本のどこかに出現することは二度とないだろう。
 建物は消えるが、そこで育った者たちの間に育まれた精神は消えることはない。渡辺征三郎塾長の育んだその精神は国境・世代を超えて間違いなく継承されていく。陳腐に聞こえるかもしれないが、掛け値なしにそう思う。

狂信

The Serbian Charade
 時折、どのように考えればそのような話になるのか、と耳を疑いたくなることがある。この問題もその一つだ。頭を冷やせ、と言ったぐらいでは到底治りそうもない、この手合いを一体扱えばいいのだろう。

2009年11月25日水曜日

異文化の中で生活するということ

Moving house needn't leave you speechless
 引越しに限らない。銀行。役所。病院。。。その文化の中で生まれ育ったものでもストレスの多いものだ。外国人には本当に大変だ。
 解決策はただ一つ。その文化を熟知した親切な友人を見つけること。親切なだけではだめである。優秀であることが第一条件だ。
 最悪のケース?極めて親切で極めて無能な友人に間違って頼ってしまった場合である。XD

2009年11月24日火曜日

日高敏隆氏死去

 優秀な研究者であったと同時に、戦後の日本において、生き物たちの多様な世界を一般の人々に分かりやすく伝え続け、日本のたくさんの生き物好き少年たち――恥ずかしながら私もその端くれだった――の心を育てた人だった。
 私も自分の「先生」たちが次々とあの世に旅立つ年齢になった。

2009年11月23日月曜日

ゴッホの書簡

"I saw a magnificent and very strange effect this evening. A very large boat laden with coal on the Rhône, moored at the quay. Seen from above it was all glistening and wet from a shower; the water was a white yellow and clouded pearl-grey, the sky lilac and an orange strip in the west, the town violet. On the boat, small workmen, blue and dirty white, were coming and going. Carrying the cargo ashore. It was pure Hokusai. It was too late to do it, but one day, when this coal-boat comes back, it'll have to be tackled."
 1888年7月31日付、弟Theoに宛てた書簡。
 書籍なら325ポンド。しかしこのサイトならすべて読むことができる。人類の宝の一人の内的世界を誰もが訪れることができる。すべての関係者に敬意を表したい。

2009年11月22日日曜日

“inappropriate” と “unacceptable”

Words that think for us
 短い記事だが、鋭い指摘である。最後の結論はあまりにもおめでたいものでがっかりしたが。
 筆者は、“improper” や “indecent”で形容されていた事態が、現在では“inappropriate” や “unacceptable”で表現されることが多くなっており、その傾向は1980年代のpolitical correctnessの決まり文句あたりから顕著になったと見ている。
 しかし、根源にあるのはそんな表層の問題ではないような気がする。筆者がそれをモラルの言葉の衰退と関連付けていることからも分かるように、これは大きな物語の崩壊という文脈で考えたほうがいいのではないか。ここでいう大きな物語とは、広い意味で「正しさ」と言い換えてよい。何を正しいと考えるのが「正しい」のか、何を美しいと感じるのが「正しい」のか、何を善いものと判断するのが「正しい」のか、である。とすると、これはポストモダンであるということになる。
 私は少し前から、なぜ現代日本がこんなに軽々とポストモダンの流れの中を漂い続けるのかを考えている。それが、“inappropriate” や “unacceptable”で表されるものと同型だと思われる「世間」の問題(その最新ヴァージョンは「KY」だろう)なのか、「許せない」で表現されるような独我論の問題なのかを考えている。しかし、最近考えているのは、「世間」の話も「許せない」の話も恐らく共に独我論の問題なのではないか、ということだ。「他者」がまったく存在しない、という意味の独我論である。
 12月の「日本に関する懇談会」のテーマは「いじめ」である。そこに向けて、この角度からもう少し考えを進めていってみようと考えている。

絶世の美女NGC 253


NGC 253: Dusty Island Universe
Credit & Copyright: Star Shadows Remote Observatory and PROMPT/CTIO
(Steve Mazlin, Jack Harvey, Rick Gilbert, and Daniel Verschatse)(写真クリックで拡大)
美しいものというものは大抵そうだが、明るく輝きつつも、そこには少なからず得体の知れなさというものがつきまとう。

2009年11月16日月曜日

epoché

 真の意味で何かを探求したいのなら、本当に自らの経験を吟味し、理解したいのなら、その前に、自然的な態度に基づく判断を中止することだ。
 これが、フッサールから僕が学んだエポケーということの意味だ。

2009年11月15日日曜日

我々は過去を変えることができる。

 Waking the dead
 Eagleton, Benjamin, Freud, Brecht.役者が揃い、読者に「思考せよ。」と迫る。
 
 忘却と闘うこと。それだけが過去を変え、現在を在らしめ、未来を創る。 

星の誕生


 美しい。

コンビ

 といってもいいのだろう。Isaiah BerlinはHenry Hardyの献身的な編集作業がなければ、これほどまでに現在研究される思想家にはなっていなかっただろうということを知った。
 玉を見出すことのできた者も幸福であるし、見出し、研磨をしてくれる者を得た玉のほうも幸福である。
Isaiah Berlin, Beyond the Wit

2009年11月13日金曜日

選択と喪失

Some of the Great Goods cannot live together. That is a conceptual truth. We are doomed to choose, and every choice may entail an irreparable loss.(Isaiah Berlin)

きょうのLiaison

移転のお知らせ
脱出

2009年11月12日木曜日

Dan Sperber

 私の好きな学者の一人だが、最近彼がブログをやっていることを知った。論文同様に、或いは論文の時よりも生き生きと、彼の知性が伝わってくる。例えばこれを見よ。
 Grieving animals?

Jane Austen

 死去する1817年、恐らくリンパ腫系の病に苦しんでいた頃、彼女は8歳になる姪に新年の挨拶を送る。
 “Ym raed Yssac,I hsiw uoy a yppah wen raey.”
 彼女の作品を読んで、200年近くも前に亡くなった作家の、人間のコミュニケーションへの問題へのその近代/現代的な洞察の深さに驚嘆する者には、死の床にあるといってもいいような状態の、42歳の誕生日を迎えたばかりのAustenの、早熟の姪に対する愛情に溢れたユーモアと茶目っ気を読み取ることができるだろう。
 ある物事に真剣に取り組むと同時に、その物事自身、またそれに真剣に取り組む自分自身をも揶揄の対象にすること。それをイロニーと呼ぶなら、Jane Austenは私のイロニーの大先輩である。

JAL問題と労働者の権利

 山崎さんが正論を展開している。  OBの年金は強制削減すべきではない  初めてこの話を聞いたときは、どうせすぐ潰れる話だろうとたかをくくっていたのだが、山崎さんの口調を見ると、どうもそうでもないらしい。いつから、こんな当然のことを一生懸命主張しなければならないような国になってしまったのか。日本の知性も落ちたものである。

2009年11月10日火曜日

「言語習得」の開始

Birgit Mampe, Angela D. Friederici, Anne Christophe and Kathleen WermkeのNewborns' Cry Melody Is Shaped by Their Native Language(Current Biology11月5日号)は、新生児の泣き声のパターン分析から、胎児期の最終期3ヶ月間に既に言語習得が開始されているらしいということを明らかにした。
 経験則では恐らくそうだろうとは思っていたが、検証された意義は大きい。

2009年11月9日月曜日

ベルリンの壁崩壊20周年

 20年前の今日だった。
 20 years after the Berlin Wall's fall: An East European looks back
 The Washington Timesらしく愚かしいまでにバイアスのかかった記事だが、ようやくブルガリアにも新しい世代が出現しつつある、という指摘には同意する。
 国外で鍛えられた者たちが戻り、新世代が社会を動かすようになる時代、10年から20年後、この国は見違えるような国になっているだろう。それをこの眼で見たいと私は思う。

Lévi-Strauss先生

 亡くなって一週間が過ぎた。色々な追悼記事が出揃ってきた。
 「世界は人類なしで始まった。そして間違いなくそれなしで終わりを迎えるだろう。」
 Tristes Tropiquesの中の一節である。彼に対していろいろな批判を行うことは可能だ。しかし、このスケールの大きな構えの中でこそ彼にしか可能ではなかった様々な研究が生まれてきたということ。それが最も重要なことだと思う。

2009年11月8日日曜日

「新聞」の将来

「新聞の通信簿」(経済記事担当)を振り返る
 山崎さんの言うとおりだろう。
 しかし、ことは新聞に限った話ではない。話を敷衍していけば、それが、柄谷行人が20年前に指摘したような、100年ほど前の日本における「知識人」と「大衆」の時代の終焉の繰り返しなのか、それとも本当に大文字の「物語」の時代が終わろうとしているのか、まだ私にはわからない。
 しかし、組織ではなく個々の人物そのものが評価される時代、そういう時代が訪れようとしていることだけは間違いないだろう。

2009年11月7日土曜日

日本語は「変わる」のか?

Is Technology Dumbing Down Japanese?
 「変わる」ということの定義にもよるだろう。しかし、この列島の中心部で用いられてきた言葉は幾多の激動期を経てもなおその核心部分を変えていないと私は思う。そうでなければ、辞書をひきながらでも曲がりなりにも1300年前のテクストが読めるはずがない。この言語が経験してきたいくつかの大きな試練を考えれば、ケータイ小説やeメールがもたらしていると言われる「変化」など、少なくとも、大陸文化の流入、明治維新、第2次世界大戦での敗北、などの諸々の大変動と同レベルのものだろう。
 言語としての存亡の危機を何度も乗り切って1300年を生き抜いてきた言葉は、そう簡単には死なない。

「外国で活躍する日本人」

という馬鹿なタイトルに敢えてした。
 決して大言壮語することなく、批判にもじっと耐え、しかし最後にはいい仕事をする人が、私は好きだ。自分がそうありたいと思いながら叶わぬ夢だからであろう。
 「異文化環境」という一言で済ませられぬ厳しさの中に敢えて飛び込んでいき、さらにこれまで以上の力を発揮するということは並大抵のことではない。しかし、それに挑戦し続けている/続けた者は大勢いる。スポーツの世界なら、それは野茂であり、中田であり、イチローであり、松井である。
 松井のMVPに心からの称讃を送りたい。

2009年11月6日金曜日

多様性というもの

Apples, Apples, Apples
 1905年、アメリカ合州国には6,500種のリンゴがあった。それが現在のマーケットではたった11種が市場に出回るリンゴの90%を独占している。中でもRed Deliciousという品種が市場の半分近くを占めている、とKLINKENBORGはいう。
 「堕落した資本主義」とか「市場原理主義の横暴」とかいった青臭いことを言うつもりはない。KLINKENBORGもさすがにそんな馬鹿なことは言っていない。
 資本主義というものは本来そういうものだ。均質化と効率化と無限の膨張。それしかない。それがなければ資本主義ではない。
 だからといって、世界が彼の国や日本のように成り果ててしまっていいかというと、断じてそうではない。
 ここで、KLINKENBORGよりも有利な立場にいる、つまり超高度資本主義国に住まないという贅沢をしている私が言いたいのは、でもうちはうちのリンゴを食べる、なぜならばうちのリンゴがうちの者にとっては一番おいしいリンゴだから、という論理は本当に消えてしまっていいのかということだ。
 リンゴ・ナシ・ハチミツ・ヨーグルト・タマゴ・・・・・・・・ありがたくいただく、ありとあらゆる食べ物に必ず「うちの」「おじいちゃんの」「おばあちゃんの」という修飾語がついてくる国に暮らし、しかしリンゴをまるかじりできなくなった歯を持て余している私の感想である。

Ex-patと哀愁

 今届いたハーグのOPCWの春具さんのメルマガの最新号「哀愁のヨーロッパ」で、ex-patと「哀愁」の関係が、50年ほど前人種差別を嫌いヨーロッパに大挙移住したアフリカ系アメリカ人ジャズミュージシャンたちを例に述べられている。少し長いが引用する。
 「ともかく、デクスター・ゴードンもバド・パウウェルもデューク・ジョーダンもみんなヨーロッパにおいては ex-patであり、alienなのであった。そしてわたくしも小橋さんもオランダに数年腰をかけているだけという非愛国者なのであり、合法的に滞在してはいるが宇宙人なのであります。そしてその気分は、大宰府へ流された菅原道真、鬼界島へ送られた俊寛僧都と似ている。エックスパットというのは、わたくしもふくめて、ここは仮の住まいでほんとうの住まいはどこかほかにあると思っている、すなわちじぶんの居場所がわからない異国在住者なのであります。
 その無常は、デクスター・ゴードンの傑作「Our Man in Paris」や「Something Different」のソロの行間から聴き取れるではないか。パリにいながら、彼の精神はマンハッタン57丁目のクラブを思い出している。コペンハーゲンでギグをしながら、ニューヨークのジャズ仲間とのセッションを思い出している。激しいブローはそれらをふっきらんとするばかりであります。デクスター・ゴードンを主役にした「Round Midnight」という映画がありましたが、あの映画が綴ったように、ローカルなミュージシャンたちにどんなに敬われても、異国にひとりでいる寂しさはぬぐえない。それは道真が梅の木を眺めて都を思い、(風流のレベルは違いますが)わたくしが運河の落ち葉を見て龍田川を思いだすのと似ている。またそれは邦人ビジネスマンが本社の人事をいつも気にしているのにも似ています。エックスパットは、程度の差はあれ、常にこのような屈曲したメンタリティを持って外国暮らしをしているのではないか。そしてそれこそがモダンジャズ・ファンがヨーロッパのジャズに聴く「哀愁」だったと思うのであります。」
 私は現在でもある程度そうだが1年後には名実ともにex-patになる。季節もまさに秋、私も「哀愁」の中にある。ただ、その哀愁は上に述べられた類のノスタルジーや根無し草的な哀愁ではない。つまりどこかに根拠地があるべきで、それを奪われた、或いは(失って)持たぬが故の哀愁、という種類の哀愁ではない。うまく説明できないのだが、上記のような「相対的孤独」とは異なる「絶対的孤独」の感覚、とでも呼ぶべきものからもたらされる「哀愁」なのだ。もちろんどのような境遇にあろうとも人は原理的に常に既に絶対的孤独の中にある。「無常」は私の、或いはあなたの身の上にだけあるのではない。
 恐らく現在の私はそれが日々、刻一刻、魂に刻み込まれるような生を送っている、ということなのかもしれない。

2009年11月4日水曜日

レヴィ=ストロース死す

Anthropologist Levi-Strauss dies
 先生が亡くなった。先生、長い間ありがとうございました。

2009年10月31日土曜日

Michael Kenna

Japan
 この人はあの列島の古層におけるある層を的確に捉えているように思う。写真を見ているとそう感じる。

2009年10月30日金曜日

移動

 比重のある時間が、多義的な古い夢のように君にのしかかってくる。きみはその時間をくぐり抜けるように移動をつづける。たとえ世界の縁までいっても、君はそんな時間から逃れることはできないだろう。でも、もしそうだとしても、君はやはり世界の縁まで行かないわけにはいかない。世界の縁まで行かないことにはできないことだってあるのだから。
(村上春樹『海辺のカフカ』2002)

2009年10月29日木曜日

カフカの夢

 ・・・僕は最後の決着をつける、というよりも、見届けるために、田舎の小さなローカル線(か、ひょっとしたらトラムかもしれない。二両編成だ)に乗って、ある駅に向かっている・・・
 ・・・降りる準備で、小さいくせにずいぶん重いリュックを再び背負う、というよりも、結構混んでいるので他の乗客の迷惑にならぬように背負い直すのに気を使うのだ。背中のほうのどこからか無言の一本の手が伸びて背負うのを手助けしてくれる。振り返ると、さっきの(なぜ「さっきの」なんだろう。僕はなぜ彼女を知っているんだろう?)年配の女性だ。顔を見ずに、うつむいたまま僕は小声で礼を言う・・・
 ・・・間違えて、一つ手前の駅で降りてしまい、あわててまたすぐに同じ電車に飛び乗る・・・
 ・・・都知事「やれやれ。やっぱり二つあったのか。そんなことじゃねえかと思ってたよ。それで?今ひとまず片をつけておいて、あれが戻ってきてから改めて精算するか、それとも、つけにしといて、最後に全部まとめて帳尻を合わせるか?どっちにする?」・・・
 ・・・あとですべてまとめて精算すればいいだろう、いずれにしろ片がついていないことは他にもいくつか残っている・・・

Happy Life Years

HAPPY LIFE YEARS IN 148 NATIONS 2000-2009
 日本国籍所持者でありブルガリア在住ではあるが、このデータは少なくともこの僕にはまったく当てはまらない。なぜならば、僕にとってはこれからの50年がTruly Happy Life Yearsであり、これまでの50年は所詮その準備期間に過ぎなかったからだ。XD

きょうのLisiaon

organic cruising in OKAMOTO

2009年10月26日月曜日

かに星雲


M1: The Crab Nebula from Hubble
Credit: NASA, ESA, J. Hester, A. Loll (ASU); Acknowledgement: Davide De Martin (Skyfactory)(写真クリックで拡大)
 「爆発」という現象においてはミクロのレベルもマクロのレベルも大した違いはないということがよく分かる。使用された三色は研究上便宜的に付けられているそうだ。言葉は要らない。映像の威力。

2009年10月23日金曜日

きょうの山崎元

日本郵政はいったいどうなるのか?
 やはりこの人は、こういう問題に関して発言する時が最も鋭いし、まっとうであるし、私は好きである。
 その主張に関しても同意する。
 問題は――世の中はほとんどそういうものだということは認めた上で言うのだが――その本質を理解できる/する/しようとする者は少ない、さらにそれを実行に移せる者はもっと少数だということだ。
 彼ぐらいの人物は、ブログなんかで遊んでいないで、早く国家行政に携わってもらいたい。その時期はもうそろそろではないかという予感のようなものはあるのだが。

2009年10月13日火曜日

2009年10月12日月曜日

労働組合

連合は労組の本分に返れ
 日本経済新聞の社説に時折出てくる、まっすぐな社説が今日も出た。
 健全な労働組合が常に正論を展開しないところに発展はない。
 そういえば社会主義の大先輩のここブルガリアの労働組合はどうなのだろう。あまり話を聞かない。大学の教職員組合のこともあまり耳にしない。ましてや大学の非常勤講師の組合などは、そもそも存在さえしていないのではないか。

2009年10月10日土曜日

ブルガリアにおけるムスリム

Bulgaria Muslims Number Close to One Million

 国内での彼らの「見え方」が気になる。私の交際範囲の狭さだけが原因ではあるまい。
 きのうもモスクが二つ、一夜のうちに燃え落ちた。
 ロマの人々への対応も含めて、早いうちに国家として積極的な政策を打ち出さなければ、いずれ大きな付けを払うことになるだろう。

きょうのLiaison

『あおのかぜ』 A・O style & G・house合同展示会開催中

2009年10月6日火曜日

ガスを吹き飛ばしながら突き進む銀河

ガスを吹き飛ばしながら突き進む銀河
 いいね、これ。いまの私はこういうのを見せてもらうと少し気が晴れる。

皆さん、ちゃんと歯は磨きましょう

歯磨きでがんリスク3割減 1日2回以上が効果的
 それから、やはり定期的に歯医者でもチェックを受けましょう。
 この年で早くもどんどん歯を失いつつある私の、心からのお願いです。:)