いつの頃からか、大江の作品から「他者」が姿を消しつつあった。そして、この作品では、それが決定的となった。
「神」のみが他者となった。
彼が重要な役割を与えている登場人物は、すべて大江と同じ話し方をする。言い換えれば、全員が彼の分身である。
そして、では唯一の他者たる「神」との対話が書かれるのかというと、それがまったくない。書かれるのは「神」の周りを右往左往する人物たちだけだ。
結果として、長大なモノローグとなってしまった。同じモノローグでも大文字の他者を設定したドストイェーフスキイの『地下生活者の手記』とも異なる「ひとりごと」に終わっている。
彼は間違いなく若い頃の私の一部をかたちづくってきた作家だった。
大江自身が「宙返り」を演じ、一つの時代が完全に終わった。
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