2008年7月31日木曜日

日本における弁護士の位置

In rural Japan, a shortage of lawyers
 読者を色々と考えさせる視点をちりばめた面白い記事だ。日本の記者なら書かない/書けないだろうと私が面白く思ったのは、まだ弁護士が挨拶に来ないと市長が怒っているというエピソードだった。この挿話からは以下のような種々の視点が導き出せるだろう。
 日本社会において法というものがどのような位置を占めているか、弁護士という職業がどのような眼差しで捉えられているか、さらにはそもそも日本社会においては歴史的に種々の利害対立をどのように処理してきたのか、などというところまで読者は考えようとするかもしれない。
 
日本に取材したNorimitsu Onishiの記事は以前からNYTimesでよく読んできたが、読者の問題意識を喚起しようという姿勢を明確に持ったこのような優秀な人の手になる記事をさらに期待する。

2008年7月29日火曜日

進路について

「一流会社の二流社員」か、「二流会社の一流社員」か?

 山崎元が今日もいいことを言っている。「自分が好きだと思える仕事をすることと、なるべく早く自分の仕事のスキル・レベルを上げて自分の人材価値を作ること」。
 「人材価値」という表現などに表れる金融専門家らしい価値観に違和感を感じることが時折りあることも事実だが、しらっとした顔でこんな誰でも言いそうなことを言う、その底の、この人の芯の部分にある「まっとうさ」を私はかなり信頼している。

きょうのLiaison情報

ケニアのハーブティ

2008年7月28日月曜日

EHRENREICH, Barbara

 America's last taboo
 Guardian魂はまだ残っていると感じさせてくれるインタヴューではあるが、もう少し切り込んでほしかった。

2008年7月26日土曜日

宇宙・時間・エントロピー

Mysteries of time, and the multiverse
 Sean Carrollは明晰な説明のできる稀有な科学者だ。

日本像の変容

Japan's newest growth industry: Asian tourists
 これも一つの表れだろう。経済効果は別として、(東)アジアの平和と安定にも貢献できるものだとすれば観光だといって馬鹿にするのは間違いなのだろう。

El otoño del patriarca

 Gabriel García Márquez。1975年作品。
 彼の作品のいずれにも言えることだが、私の場合はどうも意識下で大きな影響を受けるらしく、彼の作品を読んでいる間は奇妙な夢を見ることが多い。
 それはこの『族長の秋』にもあてはまる。目覚めてからも、ああさっきの夢はあのシーンの焼きなおしだなとか、さっきの夢の中の僕の台詞は彼の文体の真似をしていたんだなとか、と気づくことが多い。
 恐るべき作家である。

2008年7月25日金曜日

ブルガリアのベビーブーム

The baby boom in Bulgaria
 珍しく現代ブルガリアを(/の一面でも)分析したものかと期待したのだが失望した。おまえがまだブルガリア語ができないからだという声が聞こえてきそうだが、現代のブルガリア社会を分析したもので自信をもって推薦できるものがあるなら教えてほしい。辞書と首っ引きをしながらでも読むから。

ミツバチ

 室内で育てている鉢植えの花に次から次へとミツバチがやってくる。開け放した窓を通って、いまも一匹やって来ている。一生懸命花から花へと蜜を集めている。それはいいのだが、窓ガラスに阻まれて外に出られずじたばたしていることが多い。
 この前ヨーロッパ中のミツバチがほぼ壊滅した時にも全く被害を受けなかったブルガリアのしたたかなハチたち。
 がんばれよ、と声をかけて窓外に送り出す。

Arthur Schnitzler, "ANDREAS THAMEYERS LETZTER BRIEF"

 森林太郎訳「アンドレアス・タアマイエルが遺書」。
 人間の内奥を容赦なく抉ってやまぬ。怖るべき作品。

鏡

Mirrors Don’t Lie. Mislead? Oh, Yes.
 そもそも僕は鏡を使って自分を見るという習慣を持っていないのだが、それにも実は僕自身が認めたがらないような深い意味があるのかもしれないね。 

きょうのLiaison日記

トウフクロ展 そのまま。

2008年7月24日木曜日

戦後日本と産業

 Japan Sees a Chance to Promote Its Energy-Frugal Ways
 戦後日本は新憲法の下で「人類の幸福と平和」をキーワードに、よたよたしながらも、歩みを進めてきたと思う。それは産業人にとっても同様だったはずだ。
 ますますグローバル化が進み、自国民の幸福と平和は地球大のそれと密接不可分になりつつある。矮小な「国益」「社益」概念のみに囚われぬスケールの大きな見取り図のもとに着実に歩みを進めることが重要だ。「平和」「環境」「衛生」「健康」。。。一見耳障りのよいことばたちが偽善的な口実に成り果てることのないよう望む。

huge living-box

 Michail Ryklin, In the burning house
 ただただ息を呑む。

きょうのLiaison日記

彩--irodoru--いよいよ明日から。

2008年7月23日水曜日

mall of education

 ヘーゲルもマルクスもフロイトも教えない大学は大学ではない。
 Gone, and Being Forgotten

安西篤子『千姫微笑』

 読ませる。直木賞を取るような作家とはこういうものなのだろう。成熟を感じる。

孤独の密かな楽しみ

 短いがいい文章だ。
 A Secret Society of 30 Million
 Klinkenborgさん、もっといい方法がありますよ。読者が3人ほどしかいないブログを営々と続けること。これです。
 と、ここまで書いて、Klinkenborgの文章にはほんの四日前にも惹かれると書いたばかりだということに気づいた。また一人好きな書き手を見つけることができて幸せなことである。

きょうのLiaison情報

フェアトレードひょうごネット特別セミナー&フェアトレードフェア

2008年7月21日月曜日

銀河の衝突

(Click the pic. to enlarge)
The Colliding Spiral Galaxies of Arp 271
NGC 5426とNGC 5427。二つの螺旋銀河の衝突。通常はより大きな銀河のほうが小さいほうを呑み尽くすのだが、このケースは衝突後も双方共に生き残ると予想されている。

きょうのLiaison

オーガニックコットンTシャツsummer sale

2008年7月20日日曜日

『蟹工船』

 数日前にここでも触れた多喜二の『蟹工船』ブームを東京新聞の名社説シリーズ「週のはじめに考える」が取り上げた。いつもほめるのは少し癪にも触るのだが、日本の新聞の社説ではこの「週のはじめに考える」が飛びぬけてすばらしい。日本研究を志す学生諸君にはせめてこのあたりを出発点にしてほしい。
 『蟹工船』が着く港

もう1年まだ1年

 1年前のちょうど今日、私はここSofiaにやってきた(厳密に言うと延着のせいで日付は変わっていたが)。

 自分では気がついていなかった。何人かの人に指摘されて気がついた。

 自分よりも周囲の人たちのほうが私の生活のことをよく知っているというこの事実が、端的に、私が日本を出、ここで充実した生を送ることができていることが、己の力によるものではまったくなく、実はひとえに多くの人々の善意や理解によってもたらされたものに他ならないということを物語っている。

 仏教徒がよく使う「生かされている」ということばはこういうことを指しているのかもしれない。

2008年7月19日土曜日

第4回ブルガリア日本語教育セミナー

 会員の方はお忘れなく。また翌日の日曜日には教師会の「懇談会」と「日本語勉強会」も開催されます。詳細はお問い合わせください。
記
国際交流基金「海外日本語教育ネットワーク形成助成プログラム」支援
「第4回ブルガリア日本語教育セミナー」
非漢字圏出身学習者に対する漢字教育: KanjiKreativ採択セミナー&ワークショップ
日程:2008年7月24日(木)~26日(土)
会場:ブルガリア・ソフィア大学東洋言語文化センター 
(79 Todor Alexandrow Blvd, Sofia 1303, Bulgaria)
テーマ*:非漢字圏出身学習者に対する漢字教育:
KanjiKreativ eラーニング・プログラム採択-「漢文字から漢字文脈化」へ
講師:山田ボヒネック頼子 (ベルリン自由大学日本学科准教授)
問い合わせ:アルベナ・トドロヴァ(albena_bem@yahoo.com)

海

In Egypt, inflation means one precious day at the beach
 確かに海はいい。人として生を受ける時に賦与されたはずの無条件の平等を享受させてくれる場はこの世知辛い現代では他にはほとんどない。ここブルガリアでもSofiaっ子の多くが夏になれば黒海まで出かけていきたくなることの中にもそういう気持ちが働いているのだろうか。
 この記事の文章には単なる外国事情紹介とは一線を画した一種の詩情があって好感を持った。

Ephesusと木星

(Click the pic.to enlarge)
Jupiter over Ephesus

治安

 ブカレストのCASA LUI HIRAMIEさんの周辺で物騒なことが頻発しているようだ。
 僕の周辺はこの1年平穏無事だったんだよなあ。裏で火事があった(おかげでSofiaの消防士の技術水準が分かった)のと、時折り銃声らしいのが聞こえた(近くじゃないからここまでは流れ弾は飛んでこないよと友人に言われた)のと、Sofia郊外の軍の武器庫が大爆発した(早朝から花火かよと起こされた。さすがにこの事件はBBCでも取り上げられた)ぐらいしかない。いつもリュックのファスナーが開いていると友人にたしなめられるが、まだすりにも引ったくりにもお目にかかっていない。
 まあ、そろそろなんでしょう。

今日のLiaison情報

Ogura Taketo展

2008年7月18日金曜日

кайсия

 スモモ。アプリコット。
 最近とても好きになった。食べやすく、僕の大好きな熱帯のフルーツ類に近い味を持つ。

ブルガリアの腐敗

 来週水曜に公表されるはずだったEU CommisionのOLAF reportがリークされ大騒ぎである。EUがメンバー国に対してここまで容赦ない批判を加えた例はこれまでなかったという。ブルガリアは610,000,000€(1,06o億円)の補助金を失い、Schengen zoneへの参加も危ぶまれることになる。
 既に加盟している諸国やEU参加を目指す諸国への一罰百戒の狙いも込められているようだが、なぜ努力しない国のために我々の税が浪費されねばならないのかというEU市民の批判も頷ける。
 私の知る若い人たちの多くは現政府に対して憤りを感じている。それが希望といえば希望だろう。
 EU plans to block aid to Bulgaria

2008年度京都教育大学国文学会

下記要領で開催されます。会員の方は振るってご参加ください。
記
日時 2008年8月2日(土)13:20~
場所 京都教育大学 F16(F棟16教室)
研究発表・講演者および題目
■研究発表
1. 「~たり~たりする」という形は標準的か?
  ―コーパスからみる母語話者と学習者の実態―
     大阪府立大学大学院・本学非常勤講師  中俣尚己
2. 小学校二年生の国語教室―一年間の取り組みを通して―(仮題)
     草津市立志津小学校教諭        橋詰加奈
3. 言語感覚育成の取り組み―連句創作、俳句創作の試みを通して―(仮題)
     私立東山高等学校教諭         柴田昌平
4. 漢文をジャンルで考える
     本学准教授              谷口匡
総会 16:20~
懇親会 17:00~ 会場・職員会館(会費3,500円)
(問い合わせ先:事務局
kokubun@kyokyo-u.ac.jpまで)

VERLYN KLINKENBORG

Summer Wind
 THE RURAL LIFEはNYTimesの中でも僕が最近愛読している欄である。こういう種類の文章を愛するようになったこと。このこともここブルガリアに住むようになってからの僕がいかに変わってしまったかを物語っているように思う。一番驚いているのはもちろん僕自身である。

楊逸の芥川賞受賞

 各紙社説が取り上げている。
 読売新聞(芥川賞 外国人が日本語で書く時代)がひどかった。一応祝福はしているものの、どうも文学には暗いらしい(筆者は恐らく受賞作を読んでさえいない。)読売のいつもの社説らしく、極めて浅薄な話に終始している。「日本文学」は「日本人」の手になる文学だという未検討の俗説に未だ囚われている。「日本語文学」という新しい概念も知らないようだ。「外国人の感性が刺激となって、日本文学にも新たな活力が生み出されていくことだろう。」という結びの言葉がその限界を端的に物語っている。せめて、朝日新聞(芥川賞―外から吹き込んだ新風)や東京新聞(芥川賞 新しい物語の始まりだ)程度の教養のある者を編集委員に加えるべきだろう。

木たちと私たち

 Alan Jocobsの手にかかると、単なる書評が一個の作品となる。
 The Life of Trees

2008年7月17日木曜日

ゲリラ的哲学・文学愛好者のための宝箱

 但し一切の始末をご自分でなさる覚悟をお持ちの方のみ蓋をお開け下さい。
 Textz

卒業文集

 学生会からの依頼でアンケートに回答したのだが、みっともなくてよそには言えない事情で教師たちの回答は掲載されなかった。ブログに載せたらという勧めに従いここに載せる。
ーーー
氏名:駒田聡
学年:51年生
使える言語:日本語を少々。
日本語を学んでいる理由:まだ十分に日本語ができないから。
趣味:勉強。
特技:なし。
好きな/嫌いな食べ物:ほどよい塩味のсирене/塩からすぎるсирене
好きな/嫌いな映画:10回観てもまだ新しい発見がある映画/9回観れば全部分かってしまう映画
好きな/嫌いな歌:「風に向かって立つライオン」/「君が代」
好きな/嫌いな動物:人間以外のすべて/人間
皆へのメッセージ:Haiho!

杉本苑子『穢土荘厳』

 歴史に関する該博な知識が魅力。人物造型や物語としての結構には物足りなさを感じる。
 前に触れた海音寺潮五郎もそうだが、歴史小説を読む際には、また独特の期待値を設定したほうがよいようだ。

2008年7月16日水曜日

バラの谷

 ブルガリアの夏の早朝の空気の気持ちよさは世界一だ。
 言うまでもなく私は香水に興味はないが、朝露をのせたバラに溢れた谷を歩いてみたいとは思う。
 乱開発に泣くブルガリアの美しい自然。100年後もその輝きを保ち続けられるか。
 自然環境の真の価値がいつ本当の意味で認識されるか。それがこの国の将来を占う鍵の一つになる。

Bulgarian valley turns from guns to roses

2008年7月15日火曜日

芥川龍之介「鬼ごつこ」

 「妙に真剣な顔」。必死で何かを追い求めている顔。

Satireというもの

 THE NEW YORKERの今週号の表紙が物議を醸している。
 The Politics of Fear
 いつも薬味の効いたイラストを描いているBarry Blittの作品だが、Obama陣営(彼の選挙マシーンの特徴だが、微妙な問題に関しては今回も本人は記者会見で肩をすくめるだけにとどめ、まず陣営のコメントとして出している)は"tasteless and offensive"とコメントしている。ライヴァルの共和党候補からもやりすぎと批判され、THE NEW YORKERは共和党陣営がObamaに被せようとしているイメージを逆手にとってからかったものと説明している。
 候補者たちにとっては生死を賭けた戦いである選挙という文脈においては「洒落にならない」ということなのだろうが、しかし、その文脈を離れてみれば、この程度のSatireは同誌には珍しくないし、愛読者の一人としては逆にそれぐらい批判精神に基づいたからかいを抜きにしては同誌の魅力は半減する。
 暖炉で星条旗が燃やされ壁にOsama Bin Ladenの肖像がかかる大統領執務室でイスラム教徒の(ような)格好をしたObamaがカラシニコフを担いで戦闘服を着た奥さんとfist bumpをしている。これほど露骨にこれはSatireですよとメタメッセージを込めているのにそれでも大騒ぎするということは、逆にそれらの要素そのもののもつ問題性を抉ってゆくという知的営為の芽を摘んでしまう危険がある。よもやそんなことはないと思うが、同誌がこれに怯んで自己検閲を強めぬことを望む。
 Satireとは何か。鍵はObama陣営の言うtastelessにあるだろう。tasteがなければ洒落は成立しない。こちらをにやりと笑わせ、次なる思考へと導いてくれるような高度な知性を持たないのであれば、そもそもSatireという手段に訴えてはならない。
 え? はいはい。気をつけます。

日本の仏教

 なかなかよく取材している。
 In Japan, Buddhism May Be Dying Out
 日本の社会における「宗教」の位置というテーマはとても面白いものだと思うが、よほど深い調査分析をした上でなければただのお喋りになってしまうテーマでもある。その意味でこの記事は分かったような顔をしない、禁欲的で落ち着いた記述で好感を持った。

2008年7月14日月曜日

Kanun

 文化・伝統・信仰の自由などという口実のもとに外部からの批判に耳を傾けようとしない事例は世界中で枚挙に暇がない。しかしあまり知られていないAlbaniaのこの問題も地球人としての人権の問題として国連人権法廷あたりに拘束力を持たせて解決への道を探る必要があると思う。
Tradition of blood feuds isolates Albanian men

小林多喜二「蟹工船」

 最近日本の若者の間で広く読まれているという。
 30年ぶりに読み返した。この80年前のプロレタリア小説に共感を覚える若者が増え、書店に平積みまでされる時代が来るとは思わなかった。
 もちろん、若いやつにも多喜二のすばらしさが分かるか、とか、若い世代の文学回帰が始まったか、などと喜ぶような単純な話ではない。下関、秋葉原などの事件や「ワーキング・プア」(寧ろ被搾取労働者階級と呼ぶべきだろう)急増問題などと背景を同じくするものと捉えるべきである。
 既に何人もの人が指摘している如く、こことここを修正すれば、というような個別的な問題ではなく、政治・社会・経済・教育・文化、あらゆる要素が絡み合った、日本社会に極めて構造的な問題であり、高度に知性的なリーダーシップのもとでの抜本的な革命が必要だ。
 戦後日本社会が最大の危機を迎えつつある。

2008年7月13日日曜日

Frankfurt空港

 他のEU国へ行くたびに、ひどいインフレ下にあるとは言えやはりブルガリアはまだまだ暮らしやすい国だなあといつも思う。
 今回の出張で乗り換えに利用したFrankfurt空港の中にとても良心的な店を一つ見つけた。Terminal1のLevel1にあるKampsという店だ。いつも列ができているが、並んでいるのはほとんど空港職員かクルーばかり。言うまでもなくこういう店は間違いがない。コーヒーがカップで1.5€、いっぱい入ったTo goで2€。買わなかったがサンドイッチ類も2€台でおいしそうなものがたくさん並んでいた。他の店の概ね半分から3分の1の価格といってよいだろう。
 この空港をご利用になる際にはここをお勧めする。

2008年7月11日金曜日

2008年度欧州日本語教師研修会@アルザス

 本日で自分の担当科目が二つとも終了した。参加者のみなさんと一緒に楽しく飲んだ今夜のワインはとりあけうまかった。ワインCaveでいろいろ試飲させてもらって愛想のいいおじいちゃんから買ったワインだったということも手伝っていただろう。
 アルザスは予想以上にすばらしかった。しかしあさってはわが愛するSofiaに帰る。

2008年7月9日水曜日

Chauvet洞窟壁画

(Click the pic. to enlarge)
 遅くとも32,000年前に描かれたと言われている。よろしいか、320世紀前、である。ピカソの言を待たずとも、「すべては発明されていた」のである。

2008年7月8日火曜日

ソクラテスと懐疑

 いまアルザスの深夜である。日付も変わろうとしている。早朝コウノトリたちが降り立っていた草原をいま涼しく夜風が吹き渡る。

 Socratic Skepticism
をきっかけに(プラトンが描く)ソクラテスを少し読み直し始めたところである。
 願わくば、我々の新しいAgora Sofiaもこのような対話を目指す「広場」にしたいものだ。

2008年7月6日日曜日

成長

 教え子からの久しぶりのメール。
「なにはともあれ、僕は僕の必要に応じて、出来る事を一つ一つやるしかない。」
 全文を引用するとその人の素性が分かってしまうので控えるが、いろいろと大変な人生を抱えつつも彼が一歩一歩着実に成長していることを如実に物語るような文章だった。そのことがとてもうれしい。

 明日より1週間アルザス出張。余裕があればアルザスの山あいでブログを書く。

2008年7月1日火曜日

京都教育大学職員サッカー部紅白戦のお知らせ

 部員の方々には既に村田監督よりご案内があったと思いますが、7.12.(土)朝8時ホイッスルです。場所などの詳細については監督までお問い合わせ下さい。新聞報道等でご存じの通り私は既にブルガリアでレフスキ・ソフィアとプロ契約を結んでおり皆さんのようなアマチュアと遊んでいる暇はありません。遠くから応援させていただくことにします。怪我にだけは気をつけて好試合を。

現代ブルガリア文学

Nominees for novel of the year award announced
 現代ブルガリア文学にいまもっとも必要なのは、激動の現代ブルガリア社会に生きる「普通の人々」を描くことのできる本当に優れた作家だろう。

ある変化

 あれほど好きで毎日少しずつ読んでいたKurt Vonnegutにこの一週間ほど読む喜びを感じなくなっている。
 僕はまたすこし変わり始めているのかもしれない。

森鷗外「寒山拾得」

 では豐干は誰だったのだろう。

2008年6月30日月曜日

"Da, da. = Ne."?

 メールで”Da, da.(Yes, yes.)"と返事したら、ブルガリア語ではそれは”Ne.(No.)"と同じ意味になることがあると教えられた。詳しく聞いてみると、確かに英語とも日本語とも異なる用法が存在するようだ。少し性格は異なるものだが、ちょうどきょう読んだジョークを思い出した。
“In some languages,” said the Oxford philosopher J. L. Austin, “a double negative yields an affirmative. In other languages, a double negative yields a more emphatic negative. Yet, curiously enough, I know of no language, either natural or artificial, in which a double affirmative yields a negative.”
“Suddenly, from the back of the hall, in a round Brooklyn accent, came the comment, ‘Yeah, yeah.’”
(Stop Me If You’ve Heard This: A History and Philosophy of Jokes, by Jim Holt (Norton))

2008年6月29日日曜日

Matthew Dickman再び

 僕が彼の詩に惹かれる理由の一つには僕の育った地域や出身階級というものが恐らくあるのだろう。僕自身が彼が詩に描いているような世界を共有していたというわけでは無論ないが、間違いなく僕はそういう環境に取り巻かれて子供時代を過ごしたのである。Matthew Dickman

タルノヴォ

 きのうは新年度ブルガリア日本語教師会の新企画「懇談会」(仮称)と「Sofia日本語研究会」の第7回例会をVeliko Turnovo大学で開催した。全国から10名(ブルガリア人教師のみなさんのほとんどすべて)の参加を得ることができ、大成功だったと言えるだろう。総意で今後の継続開催も決まった。
 Sofiaへの帰途の車中、ブルガリア語ができない駒田大先生をほったらかしてSofia組が歌っていた歌の一つが下記の歌。僕のブルガリア語学習のテクストの一つにしよう。
Тангра - "Богатство"

2008年6月27日金曜日

芥川龍之介「機関車を見ながら」

「喜劇は第三者の同情を通過しない悲劇である。」

リーダーと教養

 決して難しいことではない。社会科学系のどんな科目でもよい、大学の1年生を対象とするような初歩的な概論をまじめに聞いてさえいれば陥るはずのない無知の穴にこれほどどっぷりと嵌り込んでいる「リーダー」が多いのは一体なぜなのだろう。
Italy fingerprint plan criticised

Geisha, Fujiyama, Harakiri, Samurai...

 浅薄なステレオタイプと切り捨てるのも簡単なのだが、いわゆる「日本研究」の領域においてさえも大同小異の視点が散見されることがあることについてはいかがなものかと思うことがある。
Renewed respect as geisha make a comeback - and take to cyberspace

2008年6月26日木曜日

世界はなんとすばらしいのだろう。

 空港で子どもを見送り、帰宅し、Mezzoをつけた。
 Satchmoが歌っていた。
 この曲への想いが変わった。
 Louis Armstrong - What A Wonderful World

今日のBarbara Ehrenreich

Liposuction: The Key to Energy Independence
 彼女の能力を持ってすればこの程度はお遊びだが、それでもすばらしい。悪名高い私の毒舌も彼女の前には児戯に等しい。

2008年6月24日火曜日

芥川龍之介「奇遇」

 このような、「読者」や「文学や「芸術」や自己をも小馬鹿にしたようなメタ物語的な身構え方は、龍之介らしいといえば龍之介らしいものなのだろう。

観ることにより創造される世界

The Reality Tests
 昔からとても関心があるのだが理論が高度すぎてまったく歯が立たない領域の一つである。よくご存知の方に分かりやすく教えてほしい。

「ご近所の力」

Won’t You Be My Neighbor?
 ウェブ社会化の進展に伴い「隣人」の定義も拡大、変容を遂げつつある。この記事で取り上げられている問題も高度資本主義化が進んだ社会における都市化の現われだと考えられる。いずれアメリカ合州国や日本のみの現象だとは言われなくなるだろう。

Vladimir Galaktionovick Korolenko「樺太脱獄記」

 原作もすばらしいのだろうし、鷗外訳も実にすばらしい。ロシア語が使える日本研究者や日本語が使えるロシア研究者のみなさんには、偉大な才能たちのこのような幸福な出会いを入り口として学習や研究に入ってゆく道もあるのだ。うらやましく感じる。

2008年6月23日月曜日

芥川龍之介「奇怪な再会」

 私は何かを読んでいるうちにこれほど何度も鳥肌の立つ思いをしたことがない。

2008年6月22日日曜日

生きる哀しみ

Michael Agresta, Mugger and Mouse get married
 僕の好きな簡潔な文体で書かれていることもあるのだろうか、いい短編だと思う。
 "They live happily ever after."で結ばれているが、僕にはこの短編の中には哀しみのようなものがずっと流れているように思えてならない。
 それがこの作品の魅力でもある。

豊かさとは何か

This Land Is Their Land
 Barbara Ehrenreichの告発は現在のブルガリア、特にリゾート地の乱開発にも完全に当てはまるような気がする。

2008年6月21日土曜日

Realpolitik

Awaiting Japan's global vision
 哲学もなければ文化への理解さえ持ち合わせぬ時代遅れの大国中心主義から見れば日本はこのように見えるらしい。
(Click the pic.to enlarge)
Solstice Moonrise, Cape Sounion Credit & Copyright: Anthony Ayiomamitis (TWAN)
 ギリシャのCape Sounionにあるポセンドン神殿に上がる夏至の満月。私の古代史好きをくすぐる映像である。

2008年6月19日木曜日

京都教育大学職員サッカー部

 久しぶりのメールをもらった。
 今年も新人が若干名入部し順調な様子である。
 それにしても、京教にいた頃にはこのメールの主には無駄口を叩かぬ硬派だという印象を持っていたのだが、そのメールに限っては以前もらったメールにもまして無駄口の見本のようなメールだった。おもしろいものである。
 特に用がなくても時折りさりげなく便りをするということは存外大切なものなのかもしれないということを教えてもらった。僕には真似ができないことだ。
 僕のことを覚えてくれている(その思い出がよいものかどうかはともかく)人が日本に大勢いて、またここSofiaにもたくさんの仲間ができた。
 齢を重ねるということはこういうことでもあるのだろう。

2008年6月18日水曜日

2008年6月17日火曜日

ゲイの人々を正当に理解すること

 このような研究がもっと進んで、無知故の不当な偏見がなくなる日が来ることを望む。
Gay men and heterosexual women have similarly shaped brains, research shows

2008年6月16日月曜日

「バタフライ効果」

 僕も間違った使い方をしていたようだ。
The meaning of the butterfly

差別との闘いと言論の自由

Hate speech or free speech? What much of West bans is protected in U.S.
 ここではカナダとの比較が取り上げられているが、同様にアメリカ合州国と共通の価値観を持つと考えられることの多い他の国々とアメリカ合衆国との大きな違いの一つがここにある。

2008年6月12日木曜日

なぜドングリのような栄養に富むものの栽培作物化に人類はこれまで失敗し続けてきたか。

 要約するのがめんどくさいのでそのまま引用する。Jared DiamondのGuns, germs and steelはこのような面白い発見に満ち満ちている。
"It turns out that oak trees have three strikes against them. First, their slow growth would exhaust the patience of most farmers. Sown wheat yields a crop within a few months; a planted almond grows into a nutbearing tree in three or four years; but a planted acorn may not become productive for a decade or more.
Second, oak trees evolved to make nuts of a size and taste suitable for squirrels, which we've all seen burying, digging up, and eating acorns. Oaks grow from the occasional acorn that a squirrel forgets to dig up. With billions of squirrels each spreading hundreds of acorns every year to virtually any spot suitable for oak trees to grow, we humans didn't stand a chance of selecting oaks for the acorns that we wanted. Those same problems of slow growth and fast squirrels probably also explain why beech and hickory trees, heavily exploited as wild trees for their nuts by Europeans and Native Americans, respectively, were also not domesticated.
Finally, perhaps the most important difference between almonds and acorns is that bitterness is controlled by a single dominant gene in almonds but appears to be controlled by many genes in oaks. If ancient farmers planted almonds or acorns from the occasional nonbitter mutant tree, the laws of genetics dictate that half of the nuts from the resulting tree growing up would also be nonbitter in the case of almonds, but almost all would still be bitter in the case of oaks. That alone would kill the enthusiasm of any would-be acorn farmer who had defeated the squirrels and remained patient."

芥川龍之介「寒山拾得」

 若い頃読んだ時にはなんだかよく分からない短編だと思った記憶がある。
 いま読んでみると、「虚実皮膜」の世界に生きているいまの私の生も似たようなものかもしれない、とも思う。

これはひどい・・・

 Kyle Gradyのopen letterを読んだ。An open letter to the editors of lifestyle.bg and Mr. Tihomir Dimitrov
 極めて冷静で知性的な批判である。批判の対象になっている記事自体はブルガリア語だが、Gradyの言う通り、掲載された写真を見ればブルガリア語がわからずともそのひどさが分かる。Дискриминират ме. Протестирам!
 所詮どこかの酔っ払いの戯言だと無視することもできるが、それにしてもひどすぎる。小学校で習うべき知的活動の基礎さえできていない。

2008年6月11日水曜日

夏目漱石『それから』

「其上彼は、現代の日本に特有なる一種の不安に襲はれ出した。其不安は人と人との間に信仰がない源因から起る野蛮程度の現象であつた。彼は此心的現象のために甚しき動揺を感じた。彼は神に信仰を置く事を喜ばぬ人であつた。又頭脳の人として、神に信仰を置く事の出来ぬ性質であつた。けれども、相互に信仰を有するものは、神に依頼するの必要がないと信じてゐた。相互が疑ひ合ふときの苦しみを解脱する為めに、神は始めて存在の権利を有するものと解釈してゐた。だから、神のある国では、人が嘘を吐くものと極めた。然し今の日本は、神にも人にも信仰のない国柄であるといふ事を発見した。」
漱石の見抜いたこの日本のこの面は今も変化していないと思う。

森鷗外「夏目漱石論」

 鷗外らしいスタイル。公平かつ冷静。鷗外の「立派」さがよく分かる文章。

日本の労働者の意識の変化

 NYTimesが続けて記事を掲載している。後世の歴史家は「失われた10年」が日本社会の変動の引き金となったと指摘するのかもしれない。
In Shift for Japan, Salarymen Blow the Whistle
Standing Up for Workers’ Rights in Japan

芥川龍之介「寒さ」

 佳編。龍之介の繊細な神経が高い文学性を獲得した好例。

2008年6月10日火曜日

生活慾と道義慾

「代助は人類の一人として、互を腹の中で侮辱する事なしには、互に接触を敢てし得ぬ、現代の社会を、二十世紀の堕落と呼んでゐた。さうして、これを、近来急に膨脹した生活慾の高圧力が道義慾の崩壊を促がしたものと解釈してゐた。又これを此等新旧両慾の衝突と見傚してゐた。最後に、此生活慾の目醒しい発展を、欧洲から押し寄せた海嘯と心得てゐた。

 この二つの因数(フアクトー)は、何処かで平衡を得なければならない。けれども、貧弱な日本が、欧洲の最強国と、財力に於て肩を較べる日の来る迄は、此平衡は日本に於て得られないものと代助は信じてゐた。さうして、斯ゝる日は、到底日本の上を照らさないものと諦めてゐた。だからこの窮地に陥つた日本紳士の多数は、日毎に法律に触れない程度に於て、もしくはたゞ頭の中に於て、罪悪を犯さなければならない。さうして、相手が今如何なる罪悪を犯しつゝあるかを、互に黙知しつゝ、談笑しなければならない。代助は人類の一人として、かゝる侮辱を加ふるにも、又加へらるゝにも堪へなかつた。」(夏目漱石『それから』)

 社会がその各成員の内面に落とす影の濃さを思う。それは100年前も現在も同じである。

 また漱石がここで「人類の一人として」という表現を二度も用いていることに注意が行くが、このことも少し分析していく価値がありそうな気がする。

2008年6月9日月曜日

Anonymity

John MullanのAnonymity: A Secret History of English Literatureに関するTerry Eagletonのの書評を読んだ。Unhoused

もちろん文学理論に疎い僕にはそのことを云々する資格も能力もなく、ただただおもしろく読んだとしか言えない。お読みになった方と議論をしてみたい。

昼寝

 大学も試験期間に入り、閑散としてきた。実に静謐な環境となり仕事も勉強もよく捗る。
 疲れてくるといすを三つ並べてその上で仮眠する。京都教育大学時代に自分の研究室で「暮らし」ていた頃の記憶が蘇る。
 周りの誰もが呆れるほどの粗食ぶりもブルガリアに来ても同様だし、どこに行っても僕のやることはかわりばえがしない。

2008年6月8日日曜日

Desaliento

Patricia Engel. Desaliento
 すばらしい短編。最近こういう良質の現代作品を読むことに喜びを覚えるようになってきた。

Charles Dickens "A Christmas Carol"

"Clear away! There was nothing they wouldn't have cleared away, or couldn't have cleared away, with old Fezziwig looking on. It was done in a minute. Every movable was packed off, as if it were dismissed from public life for evermore; the floor was swept and watered, the lamps were trimmed, fuel was heaped upon the fire; and the warehouse was as snug, and warm, and dry, and bright a ball-room, as you would desire to see upon a winter's night.
In came a fiddler with a music-book, and went up to the lofty desk, and made an orchestra of it, and tuned like fifty stomach-aches. In came Mrs Fezziwig, one vast substantial smile. In came the three Miss Fezziwigs, beaming and lovable. In came the six young followers whose hearts they broke. In came all the young men and women employed in the business. In came the housemaid, with her cousin, the baker. In came the cook, with her brother's particular friend, the milkman. In came the boy from over the way, who was suspected of not having board enough from his master; trying to hide himself behind the girl from next door but one, who was proved to have had her ears pulled by her mistress. In they all came, one after another; some shyly, some boldly, some gracefully, some awkwardly, some pushing, some pulling; in they all came, anyhow and everyhow. Away they all went, twenty couple at once; hands half round and back again the other way; down the middle and up again; round and round in various stages of affectionate grouping; old top couple always turning up in the wrong place; new top couple starting off again, as soon as they got there; all top couples at last, and not a bottom one to help them. When this result was brought about, old Fezziwig, clapping his hands to stop the dance, cried out, 'Well done.' and the fiddler plunged his hot face into a pot of porter, especially provided for that purpose. But scorning rest, upon his reappearance, he instantly began again, though there were no dancers yet, as if the other fiddler had been carried home, exhausted, on a shutter, and he were a bran-new man resolved to beat him out of sight, or perish.
"Then old Fezziwig stood out to dance with Mrs. Fezziwig."
There were more dances, and there were forfeits, and more dances, and there was cake, and there was negus, and there was a great piece of Cold Roast, and there was a great piece of Cold Boiled, and there were mince-pies, and plenty of beer. But the great effect of the evening came after the Roast and Boiled, when the fiddler (an artful dog, mind. The sort of man who knew his business better than you or I could have told it him.) struck up 'Sir Roger de Coverley.' Then old Fezziwig stood out to dance with Mrs Fezziwig. Top couple, too; with a good stiff piece of work cut out for them; three or four and twenty pair of partners; people who were not to be trifled with; people who would dance, and had no notion of walking. But if they had been twice as many-ah, four times- old Fezziwig would have been a match for them, and so would Mrs Fezziwig. As to her, she was worthy to be his partner in every sense of the term. If that's not high praise, tell me higher, and I'll use it. A positive light appeared to issue from Fezziwig's calves. They shone in every part of the dance like moons. You couldn't have predicted, at any given time, what would have become of them next. And when old Fezziwig and Mrs Fezziwig had gone all through the dance; advance and retire, both hands to your partner, bow and curtsey, corkscrew, thread-the-needle, and back again to your place; Fezziwig 'cut'-cut so deftly, that he appeared to wink with his legs, and came upon his feet again without a stagger."


 名文。少し長いが、多くの人に読んでもらいたいので引用した。

2008年6月7日土曜日

鷗外の遺書

「余ハ少年ノ時ヨリ老死ニ至ルマデ一切秘密無ク交際シタル友ハ賀古鶴所君ナリコヽニ死ニ臨ンテ賀古君ノ一筆ヲ煩ハス死ハ一切ヲ打チ切ル重大事件ナリ奈何ナル官憲威力ト雖此ニ反抗スル事ヲ得スト信ス余ハ石見人森林太郎トシテ死セント欲ス宮内省陸軍皆縁故アレドモ生死別ルヽ瞬間アラユル外形的取扱ヒヲ辞ス森林太郎トシテ死セントス墓ハ森林太郎墓ノ外一字モホル可ラス書ハ中村不折ニ依託シ宮内省陸軍ノ栄典ハ絶対ニ取リヤメヲ請フ手続ハソレゾレアルベシコレ唯一ノ友人ニ云ヒ残スモノニシテ何人ノ容喙ヲモ許サス」
 過去何千・何万という人々を鼓舞してきたであろう単独者「石見人森林太郎」の矜持。

トヨタ自動車の強さ

Corporate Culture: The J Factor
 工場内の雰囲気をそれほど努力せずともイメージできるのは、多分僕が日本で生まれ育った人間だからだろう。「改善運動」の底流にある思想は日本列島の通奏低音として古来から響き続けてきたものだ。
 しかしトヨタが成功している事実がこの方式の万能性をアプリオリに証明しているわけではない。そうであれば日本の国際競争力が25位などと低迷しているはずがない。日本の多くの企業がトヨタの真似をしているからだ。
 可能なアプローチは常に複数存在する。最善のアプローチを求めるのではなく、ある一つのアプローチをいかに十全に働かせるか。それが重要なのだと思う。

Maria Callas

 今Mezzoで特集をやっていた。
 彼女はいつ何を聴いてもすばらしい。
 音楽を聴く喜びを無条件で与えてくれる音楽家はそういるものではない。
 やはり不世出のソプラノである。

2008年6月6日金曜日

森鷗外「伊沢蘭軒」

 とうとう諦めて今回は投げ出すことにした。不明語を一つ一つ調べながら勉強のつもりで読んできたのだが、読み始めて3ヶ月も経つのにまだ四分の一程度にしか辿り着いていないことにとうとう嫌気がさした。
 鷗外の全作品を読み終えたあともまだ僕が生きているようであればまた戻ってくることもあろう。
 こんな怪物とは軽々に付き合えるものではない。

豪雨

 ヨーロッパ各地に被害をもたらした前線がSofiaに到達した。午前中の豪雨も生まれて初めて見るものだったが、この時間になって強風を伴ったまさに「嵐」となった。「横殴りの雨」というが、目測でも30度程度の鋭角で雨が窓を叩く。サッシのたてつけの悪い部分や天井がガラスになっている所からは大量の雨漏りがするし、ロックしていなかった窓は強風のために勢いよく開き、部屋中を水浸しにした。
 今はちょうどバラ祭りの季節で仲間たちの多くは観光ツアーのガイドのアルバイトでブルガリア中部にいる。みんな大丈夫かなあ。

Marriage Lines

Julian Barnes, Marriage Lines
 この人には読む者の内的世界を―気づかぬほどに少しずつ少しずつ―拡げるような力量があるように思う。

芥川龍之介「蛙」

 龍之介のキリスト教嫌い。

Copenhagen Consensus 2008 Conference

 アイデアはこうである。
 世界の10大問題に関して、過去2年にわたって50人の専門家が30種類の解決策を提案し、その中で5人のノーベル賞受賞者を含む8人の経済学者が優先順位を付ける。
 第1位は、ヴィタミンAと亜鉛の欠乏に苦しむ1億4千万の子どもたちの80%にそれらを提供すること。年間6千万ドルのコストで、健康・認知的改善の点で10億ドル以上の経済効果がもたらされるという。
 第2位は、ドーハ・ラウンドの遵守によって自由貿易を拡大すること。そこからは3兆ドルの経済効果が生まれ、そのうちの2.5兆ドルが発展途上国にもたらされるという。
 天国への通行手形や神のご利益を信じていない人々に対して道徳や人類愛などのお題目を聞かせても効果は疑わしい時代となってきた。そういう時代には、このような功利主義的な議論を仕掛けるのも一つの考え方だと思う。
The Top Ten Solutions to the World's Biggest Problems

WINSTON NILES RUMFOORD

"There is no reason why good cannot triumph as often as evil. The triumph of anything is a matter of organization. If there are such things as angels, I hope that they are organized, along the lines of the Mafia."
— WINSTON NILES RUMFOORD
 私は、このように嘯く―しかし悲しげに―ラムフォードを愛する。

年度終了

 Sofia大学での私の最初の年度が終了した。来週から試験期間に入るので学生はまだまだ大変だが教師の仕事量は大幅に減る。
 長く慣れ親しんだ日本の大学とは大きく異なる環境での初めての一年。本当にあっという間だった。予想通りだったことよりも、来る前の予測が完全に外れたことのほうが実ははるかに多かった。概ね大過なく済んだということは言えるだろう。しかしうまく行ったのかどうか。それはよくわからない。

芥川龍之介「世の中と女」

 女性の社会進出に関して彼は次のように言う。
 「又世の中の仕事に関与するとなると、女に必然に女らしさを失ふやうに思ふ人がある。が、私はさうは思はない。成程、在来の女らしい型は壊れるかも知れない。しかし、女らしさそのものは無くならない筈だ。
 かう云ふ例を使つては女性に失礼かも知れないけれども、狼は人間に飼はれると犬になるには違ひない。しかし、猫にならないことは確である。在来の女の型は失つても、女らしさは失はれないことは、猶、犬が泥棒を見ると食ひ付くやうなものであるだらうと思ふ。 しかし、これは大義名分の上に立つた議論である。もし夫れ私一人の好みを云へば、やはり、犬よりは狼が可い。子供を育てたり裁縫したりする優しい牝の白狼が可い。」

 家庭に留まらず社会に出て職業を持つ女性が「犬」に譬えられ、そうでない女性は「子どもを育てたり裁縫したりする優しい牝の白狼」だと言う。これは仕事を持つ女性に対する現代日本におけるイメージとはむしろ逆のイメージではないだろうか。大正十年当時の社会に一般的な捉え方なのか、龍之介独自の見方なのか。興味深い。

2008年6月5日木曜日

Stone Henge

 一段と解明が進んだと評価してよいだろう。
Stonehenge Was Cemetery First and Foremost, Study Says (National Geographic)
Stonehenge yields one of its secrets (International Herald Tribune)
Stonehenge 'a long-term cemetery' (BBC)