2010年12月24日金曜日

生きる

ざくざくざく
なほ雪道を
歩みをり

2010年12月13日月曜日

ロンドン・フィル

ロンドンフィル史上初のソフィア公演。
ピアニストの名前は失念したが、ベートーヴェンのピアノ協奏曲4番の第2楽章は涙の出るほど美しいものだった。これがヨーロッパにいるということ、ヨーロッパで暮らすということなのだと実感する幸福なひとときだった。
Vladimir Jurowskiの歯切れのよい指揮も印象に残る。

2010年12月10日金曜日

憧憬。ノスタルジア。

"I am a poor lost woof from the kennel of Fate looking for a dog to belong to."
(Saul Bellowの書簡より)
 詩的なようで、しかしユーモラスな雰囲気も併せ持つ。気に入った。

2010年12月9日木曜日

Rodope

夜明け前。
針葉樹の森。

ハスキーがぴたりと寄り添う
分け入るに従い彼は導くように先に立つ
向かう方向を変える
彼もいつの間にか私の先を歩いている

森も闇も深さを増す

無意識に小屋への方向を取る
もっと奥へと彼は鼻を鳴らす

森も闇も深さを増す

踝までめり込んだ足を止める
森を渡る風にどこかで枝が軋む
足元にうずくまる彼も何も言わない

いつしか
星々は消え
闇は消え
我々は解けた魔法を森に残す

2010年11月21日日曜日

一首

 なにといふこともなき日をありがたくおもふよはひに我も入りにき

2010年11月20日土曜日

更年期?

 ここ十日ばかり、これまで経験したことのない心身の不調があちこちに出ている。詳細を書くことは控えるが、まさにぼろぼろだ。今日などは20分と続けて目を開けていられないひどさだ。更年期障害は男性にもあるという。それかもしれない。
 さすがの僕も少々弱気になっている。

2010年11月12日金曜日

50,000

ブルガリア語-日本語-ブルガリア語 フリーオンライン辞典」の収録項目数が5万を超えてきた。5万と言えば普通なら中辞典並みの一人前の辞典なのだが、この辞典だけはそうは行かない。項目数の増加に伴い構想もどんどん膨らみ、入門者にも使いやすくどこからひいても解説に辿り着けるような辞典に、というような思想で作るようになってきたので、最終的には恐ろしく項目数の多い辞典になるのである。日本語・ブルガリア語合わせて200万項目辺りが一つの目安になるのではないかとラフな計算をしている。

速報

 今秋の三教育大学野球対抗定期戦は大阪教育大学グラウンドで開催され、我が京都教育大学は3位入賞を果たしました。今後さらに上位を狙うためにはさらなる守備力の強化が求められると言えるでしょう。

2010年11月6日土曜日

Denis Diderot

 極論すれば『百科全書』しか残さなかった男。何ら体系的な哲学を残さなかった男。しかし、最近私はこの男のことが妙に気になって仕方がない。

2010年11月1日月曜日

テロ

Monday, November 01, 2010
New Delhi, October 31: A mob of about a hundred people arrived at my house at 11 this morning (Sunday October 31st 2010.) They broke through the gate and vandalized property. They shouted slogans against me for my views on Kashmir, and threatened to teach me a lesson.
The OB Vans of NDTV, Times Now and News 24 were already in place ostensibly to cover the event live. TV reports say that the mob consisted largely of members of the BJP’s Mahila Morcha (Women’s wing).
After they left, the police advised us to let them know if in future we saw any OB vans hanging around the neighborhood because they said that was an indication that a mob was on its way. In June this year, after a false report in the papers by Press Trust of India (PTI) two men on motorcycles tried to stone the windows of my home. They too were accompanied by TV cameramen.
What is the nature of the agreement between these sections of the media and mobs and criminals in search of spectacle? Does the media which positions itself at the ‘scene’ in advance have a guarantee that the attacks and demonstrations will be non-violent? What happens if there is criminal trespass (as there was today) or even something worse? Does the media then become accessory to the crime?
This question is important, given that some TV channels and newspapers are in the process of brazenly inciting mob anger against me.
In the race for sensationalism the line between reporting news and manufacturing news is becoming blurred. So what if a few people have to be sacrificed at the altar of TRP ratings?
The Government has indicated that it does not intend to go ahead with the charges of sedition against me and the other speakers at a recent seminar on Azadi for Kashmir. So the task of punishing me for my views seems to have been taken on by right wing storm troopers.
The Bajrang Dal and the RSS have openly announced that they are going to “fix” me with all the means at their disposal including filing cases against me all over the country. The whole country has seen what they are capable of doing, the extent to which they are capable of going.
So, while the Government is showing a degree of maturity, are sections of the media and the infrastructure of democracy being rented out to those who believe in mob justice?
I can understand that the BJP's Mahila Morcha is using me to distract attention from the senior RSS activist Indresh Kumar who has recently been named in the CBI charge-sheet for the bomb blast in Ajmer Sharif in which several people were killed and many injured.
But why are sections of the mainstream media doing the same?
Is a writer with unpopular views more dangerous than a suspect in a bomb blast? Or is it a question of ideological alignment?
Arundhati Roy
October 31st 2010

2010年10月28日木曜日

無題

何を求める風の中ゆく
(種田山頭火(1882-1940))

2010年10月27日水曜日

言論の自由

 Arundhati Roy faces arrest over Kashmir remark
I Pity The Nation That Needs To Jail Those Who Ask For Justice
Arundhati Roy: The debater of big things
 原理的に、私は全面的にRoyを支持する。それが他の基本的人権を侵すものでない限り、思想・信条・表現の自由は最大限擁護されなければならない。
 功利主義的にも、インドが中国と今世紀の覇権を争うつもりなら、今が彼我のの違いを見せる時である。

2010年10月20日水曜日

自然と筆

Hickory Rain
 Klinkenborgの文章を読むたびに思うのは、筆力のある者がもっとこういう環境に暮らしながら文章を紡ぐ道を選ぶか、あるいは、こういう環境に生きる者で筆力のある者がどんどん書いてくれるか、そういう事が日本語の文章の世界でももっと起こってほしい、ということだ。
 残念だがどちらの資格も持たぬ私のような者には、こういう名文を味読させてもらえる事は二重の意味で幸福なことなのである。

2010年10月15日金曜日

2010年10月13日水曜日

近代

「道を行くものは皆追い越して行く。女でさえ後れてはいない。腰の後部でスカートを軽く撮んで、踵の高い靴が曲るかと思うくらい烈しく舗石を鳴らして急いで行く。よく見ると、どの顔もどの顔もせっぱつまっている。男は正面を見たなり、女は傍目も触らず、ひたすらにわが志す方へと一直線に走るだけである。その時の口は堅く結んでいる。眉は深く鎖している。鼻は険しく聳えていて、顔は奥行ばかり延びている。そうして、足は一文字に用のある方へ運んで行く。あたかも往来は歩くに堪えん、戸外はいるに忍びん、一刻も早く屋根の下へ身を隠さなければ、生涯の恥辱である、かのごとき態度である。」
 漱石の見た19世紀末のロンドン。それはまた、ブルガリアの野良犬が見る現代日本の大都市でもある。

2010年10月1日金曜日

リメイクということ

Time誌がTop 10 Hollywood Remakesなるものを発表した。
ハリウッドのリメイクなんぞにもちろん関心はないが、その中に黒澤の「七人の侍」と「用心棒」のリメイクが入っていることに気付き、少し考えた。
考えてみればこの2作品もJohn Fordのリメイクみたいなものだ。リメイクというものも定義によって様々だろうが、基本的に、真似ができるということは、その対象そのものがそれだけのものであることを証明している、と考えてよいだろう。リメイクしやすいものを誰かがリメイクし、それをまた誰かがリメイクする、という循環だ。黒澤が小津などと比べてはるかに一般受けしている理由はそこにある。
小津も戦前のハリウッド映画に大きな影響を受けた。戦後の小津にはそれが明示的には見えなくなっている。
キアロスタミの、画面を大きく斜めに横切る線のフォルム。その何気ない1カット。そういうものに出会うたびに、私はキアロスタミの小津に対する尊敬の深さを感じる。
それは、いかなる意味においても、リメイクではない。

2010年9月26日日曜日

リズム

My Missing Barber
 そう。ことはそれほど簡単ではない。
 自分のリズムで生きている、そしてそのような生き方でしか生きているという実感が持てない種類の人間がいる。そしてリズムというものは厄介なことに自分だけでは形づくることができない。人間も含めた周囲の環境との相互作用を通じてしかできあがってこない種類のものだ。その人や環境を目の前から失うと、たとえ自分では依然として自己を安定して保っていると思いこんでいても、実は微妙なところでバランスを失い、リズムがおかしくなってきていることに気付く。
 では、新しいリズムを作り出すか。しかし、KLINKENBORGは今日も名言を吐く。
Above all, you want to be able to find the shop when you go looking for it.

2010年9月9日木曜日

小澤の復活

Conductor Ozawa Makes His Way Back
 音楽が何も分かっていない記者が音楽家にインタビューすべきでない証拠として使えるほどひどい記事ではある。
 しかしこの小澤の顔はどうだ。
 鬼気迫ると言ってよいほどの素晴らしい面構えである。
 一度死んだ男には、もはや恐れるものはない。
 天下分け目の最後の合戦への準備を万端整えた男の顔がここにある。
 これからの彼の音楽が楽しみだ。

2010年9月2日木曜日

Saving the sea: Maldives cabinet meets underwater!

Saving the sea: Maldives cabinet meets underwater!
 モルジブ大統領Mohamed Nasheedのパフォーマンス。こういうのをジョークとして笑えた時代があったんだな、と後世の人々は思うのだろう。

2010年9月1日水曜日

Theodore Dalrymple

 一言でいえば彼は「甘っちょろさ」が嫌いなんだろう。そういうものへの嫌悪は私の中にもある。彼の書くものを読んでいてある種の心地よさを感じる瞬間があるのも、そのせいかもしれない。しかし、これは別の意味では危険なことである。このような態度から生まれてくる可能性のあるものはいくつかあるだろう。しかしその中でも最も危険なものはファシズムである。

2010年8月30日月曜日

バーチャルな戦争の始まり

Contemplating Death From Above
 テレビゲーム的な意味でのバーチャルな殺人は既に70年前に始まっていた。

パラドックス

“the comical absence of the comical,” which allows a fictional character to be welcomed “noisily” into the “world of humorless laughter, where we are condemned to live.
 クンデラがドストエフスキーの作品に認めるパラドックス。

Oscar Milosz

a “nostalgia that is expressed, grammatically, not by the past but by the future: the grammatical future of nostalgia” for “the heartbreaking sorrow of a promise that can never be realized.

死刑制度

Shedding light on death penalty
 法務省が死刑執行室を一部報道陣に公開した。日本人の85.6%が積極的/消極的に死刑制度を支持している事実は重いが、千葉法相の言うように、こういうことなどを契機にして議論が深まっていけばと思う。

2010年8月24日火曜日

福井で3百年前のアイヌ語集発見 禅僧が記録

福井で3百年前のアイヌ語集発見 禅僧が記録
 まだこういうことがあるのだ。素晴らしい。ぜひウェブ上にデータを公開していただきたい。

2010年8月23日月曜日

Milan Kundera

 彼はどこかで言っている。「小説家にとって、所与の歴史的状況は、「人間存在とは何か?」という基本的な問いを探究する文化人類学的な実験室である。」
 その「実験室」における研究から生み出された「現実」を叩きつけるかのようにして初めて突きつけられたのは私が20代の後半の頃だったと思う。そしてそれは私が今ブルガリアに生きている「現実」ともどこかでつながっている、と今は思う。

2010年8月21日土曜日

THE WORLD'S BEST COUNTRIES

Newsweekが発表したTHE WORLD'S BEST COUNTRIES
 我がブルガリアは38位。日本は9位。この種のランキングにはその選定基準の適否を含め必ず異論が出るものだが、今回のランキングは僕の愛する国がどちらも僕の主観的評価よりも相対的に高めに位置づけられているので、少なくとも僕は文句をつけないことにする。XD

2010年8月20日金曜日

自文化中心主義

Smile and Smile: Turkey's Feel-Good Foreign Policy
 洒落としては面白いし、読みながら私も何度か笑わせてもらったのだが、それがこと文化論や国際政治学の話に短絡的に結びついていくにつれて鼻白まざるを得なかった。
 文化間の相違は厳然としてあるし、それが滑稽な失敗や大小の悲劇を毎日生んでいることは、異文化の中に暮らす私にもよく分かる。しかし、客観的に双方の視点から平等に観るという文化人類学的な素振りを見せつつも、結局は「他者」をどうしようもなく自文化中心主義的なまなざしで見つめる、という「いつか来た道」に収斂してゆくのだとすれば、それは滑稽だし、さらにははた迷惑である。強い自戒を込めて、そう思う。

2010年8月18日水曜日

長生きするということ

 例えば300年前のイギリスの男の平均寿命は35歳だった。
 今、その2倍以上の平均寿命を誇る国はかなりある。
 ならば、もう少しましな世界にしたらどうか。長く生きていればいいというものではない。

2010年8月9日月曜日

Edward I. Koch

Koch, at 85, Wages a New Campaign
 もう四半世紀以上も前のNY市長室。私が生まれて初めて握手をした政治家だった。恐ろしく大きく、分厚い右手だった。そうか、政治家というものはこういう手をして、こういう握手の仕方をするのか、と感嘆した記憶がある。もう少し英語がうまければ秘書の一人にしてやってもいいんだがな、とからかわれた。
 いくつになってもずっと前だけを見つめて走り続けている、というのは素晴らしいことである。私もがんばろう。

2010年8月8日日曜日

2010年8月7日土曜日

どっちもどっち

Bulgarian Business vs. Japanese Business
 これはブルガリア人にも日本人にも笑えない冗談である。ゲラゲラ。

2010年7月27日火曜日

Jane Goodall

A Journey Through the Jungle
 いい文章というものは、それがどんな領域のものであろうと、いつも読者に生というものを考えさせてくれる。このJane Goodallのいつもながらの名文にもそれは完璧に当てはまる。
 言うまでもなく、それは文章技巧などというニセモノの話ではない。書き手がどのような生を生きてきたか、という根源に関わる問題だ。

2010年7月25日日曜日

よく分からないこと

内向きの学生―世界は君を待っている
 その構造的な原因がこの論説委員に分かっているわけでもなさそうだし、私にもよく分からない。少々無茶に見えようと敢えて冒険・挑戦しようとすること、それだけが若者の特権であり取り柄だと信じてきた世代には不可解な状況が続く。

2010年7月19日月曜日

Gustav Mahler

 来年が生誕150年、没後100年である。彼が亡くなってまだ100年しか経っていないのかと驚くのは私だけだろうか。彼が遺した作品は多くない。10曲の交響曲(最後のは未完)と“Das Lied von der Erde”と数多くの歌曲だけである。それだけで不朽の音楽家になってしまった男。決して不遇とは言えない生前の評価の中にあってさえ、「いずれ私の時代が来る。」とうそぶいた男。

2010年7月10日土曜日

Matisse's ‘Bathers by the River’

Matisse's ‘Bathers by the River’
 前回のアップダイクに続いて、今日はマチスである。このように誰にでも容易に創作過程の一端に触れることができること、これは誰が何と言おうとウェブの長所の一つである。

2010年6月26日土曜日

テクノロジー、権威、アマチュア

John Updike at Work: Revising ‘Rabbit at Rest’
 テクノロジーは、時に、従来専門家のためだけの聖域であった領域への一般人のアクセスを可能にする。これもその好例。いい時代になったと言っていいのだろう。
 結果として、時には――そして恐らくは極めて頻繁に――アマチュアのほうがプロよりも優れたことを為す機会も増える。
 「権威」が問答無用の権力を持つ時代は既に終焉を迎え、やかましいおしゃべりの氾濫と、ごく少数の静かに闘う人々だけが残る時代となる。

2010年6月15日火曜日

新常用漢字

新常用漢字 日本語を豊かに表現しよう(6月14日付・読売社説)
 基本的にこの改訂に賛成する。これまでが異常な事態たっだのだ。
 この読売のトーンにも好感が持てる。同じ保守系紙でもどこかのイエローペーパーのように「漢字は国の宝である」とか「わが国の文化に誇りを」などと幼稚なことを言わないのはさすがである。

2010年6月13日日曜日

Mind Over Mass Media

Mind Over Mass Media
 Pinkerらしいいつもながらの切れ味のいい啖呵である。
 なるほど、そうかもしれない。現在の日進月歩のテクノロジーがあろうと、勉強しない奴はしないし、仕事しない奴はしない。それらのおもちゃに一日中夢中になっている奴らも、そのおもちゃが人間をだめにすると一日中口角泡を飛ばしてほざいている奴らも、そんな暇があったら勉強したら?仕事したら?と聞きたくなる、という意味では同じ穴の狢である。
 。。。はい、すいません。私も勉強に戻らせていただきます。。。

2010年6月11日金曜日

Politics as a Struggle? Power and Legitimacy

Politics as a Struggle? Power and Legitimacy
予想以上に激しい、いい議論だった。あっという間の4時間だった。Chantal Mouffeを本気にさせたのはまず第一に喧嘩屋Artemy Magunの功績だろう。Boyan Manchevの見事な仕切りぶりにも感心した。
 少し前に書いたように「歯が立たない相手」との出会いだけがコミュニケーションの出発点だとするなら、この夜はまさにその出会いだった。握手の際少し緊張を覚えた。彼らのみならずDeyan Deyanovをはじめとするブルガリアを代表する何人もの哲学者たちとの出会いを実現させてくれたDarin Tenevのいつもの友情に感謝する。

最終授業

 昨日、3年間のソフィア大学日本専攻での授業をすべて終了した。
 最終日のクラスは二つ。一つは、担任教師でないにもかかわらず受講を希望してくれた1年生諸君との最初で最後の特別授業。もう一つは、同期で「入学」し、ずっと変わることのない友情を育んでくれた3年生諸君とのお別れ授業。教材は、1年生は茨木のり子の詩「六月」、3年生は映画「鉄道員《ぽっぽや》」のフィナーレ。時間割としても教材としても、私の最終授業日にふさわしい日となった。
 もちろん、きのうは授業はなかったが、1年だけのお付き合いだったが心根の優しい学生ばかりだった2年生や、3年生と同じく私が3年間共に学んだしっかり者の4年生たちとの友情も忘れがたい、かけがえのないものであることは言うまでもない。
 また、私の53年の人生でもある意味では最もしんどい3年間であった日々を共に闘ってくれた仲間たちへの感謝も忘れてはならない。

 教育・研究が真理との闘いであるとすれば、人生は逆境との闘いである。

 授業は終わった。しかし、戦友たちとの友情が終わることはない。

2010年6月9日水曜日

ブルガリア語-日本語-ブルガリア語 フリーオンライン辞典

ブルガリア語-日本語-ブルガリア語 フリーオンライン辞典』の見出し語数が30,000を超えてきた。そんな数字はただの通過点に過ぎないのだが、最近執筆をしながら時折ふと、我々はすでにあることばを記述しているに過ぎないのか、それとも新しいことばを創り出しているのか、と立ち竦むような想いをすることがある。これだけはやっている者にしかわからない感覚だろう。説明しようとしてもうまくできない。
 虚実皮膜。ボルヘスの目くるめくことばの迷宮。

2010年6月7日月曜日

Test Your Focus

Test Your Focus
 私の成績は完全に予想通りの結果だった。あなたは?
 だから何?と言われても困りますが。

2010年5月26日水曜日

深瀬昌久

British Journal of Photographyが著名な写真家たちにこの四半世紀で最高の写真集を問うたところ、彼の『鴉』が選ばれた。
 様々な解釈や分析が行われている。しかし、プロたちの心に24年間も棲み続けているものは、究極的には、この、美しく雄々しいカラスたち、そのものなのだと思う。
 そこに何か不吉なもの、或いは何か形而上学的なものを読もうとするのは、人の――あるいはひょっとしたら深瀬の――側の問題である。
 このカラスたちは美しい。そして、強い。
 

2010年5月25日火曜日

稀有な時間

A Night on the Plaza
 晩春。ロス。Dudamel。そしてマーラーの1番。
 彼にしては珍しく、「分からない奴には永久に分からない」類の話だった。
 こういう稀有な瞬間というものは、ごくごく稀に訪れるだけでよい。敢えて言えば、ごくごく稀にしか訪れぬものでなければならない。

2010年5月24日月曜日

コミュニケーション

「コミュニケーションを行うことは、旅をし、翻訳を行い、交換を行うことである。つまり、<他者>の場所へ移行することであり、秩序破壊的というより横断的である異説(異本)として<他者>の言葉を引受けることであり、担保によって保証された品物をお互いに取引きすることである。ここにはヘルメス、すなわち道路と四つ辻の神、メッセージと商人の神がいる。」(ミシェル・セール『ヘルメスⅠ コミュニケーション』)
 この「担保」というものが時には「生命」であったり「人生」であったりする。それが「交通」ということの計り知れぬ重要性であり、計り知れぬ恐ろしさである。

2010年5月23日日曜日

Schott's Vocab:A Miscellany of Modern Words & Phrases

Schott's Vocab:A Miscellany of Modern Words & Phrases
万事生真面目に考えすぎる人々のためのささやかな、しかしすばらしい処方箋。

2010年5月18日火曜日

コミュニケーション能力

これから面接に臨む学生のために
 これは何も就職面接だけの話ではない。コミュニケーションというものはそういうものだ。
 山崎さんの書いていることを読んで、「なるほど、そうなのか。」と感心しているような奴は中学ぐらいからやり直したほうがいい。「そりゃ、そうだろう。」と(誤解に基づいてではなく)反応できる奴だけが、より高い次元で鍛えられる資格を得るのだと思う。
 山崎さんの話は就職面接の話だから、面接官への配慮の話が中心を成すが、コミュニケーションとは一体何なのか、本当に賢いということはどういうことか、がよくわかっている面接官の前で、ものごとがよく分かっていない者が、ここで勧められているスキルをスキルとして用いようとした場合、間違いなく逆効果になることは言うまでもない。
 しかし、相対する者同士が互いの実力を見抜き、認め合った上で、それでも双方がしらっと演技しているような場面。そのようなぞくぞくする場面をあなたは経験したことがあるか。それほどのレベルの者が揃った時、彼らの前に敵はいなくなる。
 上記のことに文化の相違はほとんど無関係だということに最近気がついてきた。ブルガリア語で賢い奴は日本語を使わせても賢いし、日本語で賢い奴はブルガリア語でも賢い。
 しかし、問題は、それがよく分かっている人間――それは面接官に限らない、教師をはじめ、指導する立場の者すべてに言えることだ――が極めて少ないことだ。
 そして、より大きな問題は、それが原理的に伝達不可能、つまり教えることのできない種類の能力だ、ということだ。
 私にアドバイスできることはただ一つ。分かり合える相手(それが書物でも人間でも何でも)と付き合うな、自分には歯が立たない相手、つまり「他者」とだけ付き合え、ということだけである。

2010年5月16日日曜日

Google Street View awards 2010
 私は「道」が好きだ。
 「道路」でも「車道」でも「高速道路」でも「歩行者道路」でも「自転車道路」でもない、ただの「道」が好きだ。道に面したこの家にはどんな人生があるのだろうとか、この道の先には何があるのだろう、と思わせてくれるような「道」が好きだ。
 思わせてくれる、ということが大事である、なぜならば、道に面して家に入ってしまったり、道を突き当りまで行ってしまうと、それはもはや道でなくなるからだ。
 私は「道」が好きだ。

2010年5月11日火曜日

「人間らしさ」ということ

After You
ドライバーのマナーに関してはソフィアはひどい。それでも私が初めてここに来た3年前からは格段に良くなっている。筆者が言うことは、ここソフィアでは歩行者や公共交通機関の乗客として振舞っているソフィアっ子たちにより当てはまる。そのマナーの良さは、これは誇ってよい。マナーの良さ、というよりも、みんな「人間」として振舞っている、と言ったほうがいいのかもしれない。私はこの3年間で、人とぶつかったことが2,3度しかない。それも、そのすべてのケースにおいて、言葉とボディータッチによって誠実な謝罪と気配りが示される。見知らぬ他人同士がお互いに「人間」として尊重し合っている。言葉ではうまく説明できない。こればかりは毎日ここで暮らしてみて初めて納得できる性格のものではないかと思う。私は今度日本の都会の中を移動するのを少し恐れているほどだ、と言えば、どれほどの彼我の違いがあるかが少しは分かってもらえるだろうか。

2010年5月10日月曜日

Henri Cartier-Bresson

Slide Show: Henri Cartier-Bresson, Genius at Work
Dominique Nabokov

 Henri Cartier-Bresson。写真を絵画のレヴェルにまで高めた、いや時には絵画を超える瞬間まで創り出した男。

2010年5月4日火曜日

生の意味

 さすがはTerry Eagleton。よりによって「生の意味」というような臭気芬々たるテーマをどう料理するつもりかと思っていたら、そもそも「意味」とは何か、「生」とは何か、では「生の意味」とは何か、というところから論じてゆく。
 生の意味というものがどんなものであろうと、その価値を何らかの目的のための手段としてはならない。生の意味とはその価値自体が目的となるようであらねばならない。
 ただ日々の実践あるのみ。だとすると、現在の私は、これまでの人生で最も意味のある生を送っていると、言うことができるかもしれない。
 しかし、そういう風に嘯くことも目的論の罠に嵌ってしまっているということだろう。
 語る勿れ、ただ行え。

世代間ギャップ

Generation Next
 日本のこの世代――millennial generation――にも、ほとんど同じことが当てはまるように思う。米国と日本との共振性がここにもある。

2010年4月28日水曜日

Twitterねえ。。。

 山崎さんは「Twitterをしばらく使ってみて思うのは、特に、私のような中年オヤジは、Twitterをやってみるといいのではないだろうかということだ。一投稿が短くて済むので負担が小さいし、短時間で情報が更新されるスピード感と馴染んでおくと、何かといいのではないだろうか。「俺も、一言言いたい」というタイプも、ブログで文章を書くよりも、Twitterの方が反応が早くて楽しいだろう。もちろん、老若男女誰でもいいのだが、我が同世代の人々は、「あれのどこが面白いのか分からない」と言いたがる傾向が強いので、敢えてお勧めしておきたい。」というが(「Twitterをしばらくやってみて」)、それはあなたのような内省もおしゃべりも共に十分にこなせるだけの一流の頭脳だからこそ言えるのであって、凡人は手っ取り早いそういうものにすぐ飛びついて、その世界にどっぷりと漬かってしまい、じっくりとものを考えたりゆっくり勉強したりすることを放棄してしまう、あるいはそういう世界が存在することさえ知らないまま生きているようですよ。僕の周りでもそういうのに時間を使っている――と言うより使われているー―奴らが少数ながらいますが、ほんとに奴らのおつむ、ひどいですよ。

2010年4月21日水曜日

エイプリル・フール

 ちょっと古くなったが、今年、私はこの記事にだまされた。
Bulgaria abandons euro zone dream, to adopt the rouble

 エイプリルフールの古典といえば、これ

 傑作はこれ

Alec Soth

Ash Wednesday, New Orleans
 映像と文字。そのコンビネーションが絶妙だ。報道には、また芸術には、こういう可能性もあった。彼の作品をもっと見たい。

2010年4月17日土曜日

Self-injury in Japan

Self-injury in Japan
 自傷行為というものを私は理解できていない。自殺へのプロセスの一過程、あるいは分岐かと思うこともあるが、自分が自殺への誘惑に駆られたことは何度かあるにもかかわらず手首を切りたいと思ったことは一度もないことを見ても、恐らくまた異なった心理的過程なのだろう。
 痛ましい。

2010年4月16日金曜日

電子書籍

Some Thoughts About E-Reading
 そうだろう。テクストはテクストだ。紙の書籍だろうが電子書籍だろうが、中身だけを問題にする分には両者に変わりはない。しかし、その「中身」というものを「メッセージの内容」という狭義から、彼の言うような広義の意味に拡大して行けば行くほど、問題は変容してくる。
 電子書籍は、本はこれからどうなっていくのだろうか、という程度の問題ではない。読書をする我々が、人間として、どう変容していくのか、という実存的な問題である。

2010年4月15日木曜日

上昇志向というもの

Once drawn to U.S. universities, more Japanese students staying home
 これは、この分析の甘い記事で言うような、企業風土や学費や大学全入時代というような表層の問題ではなく、これもやはり記事の中でインタビューされた若者が使った「草食男子」というはやり言葉に象徴されるような「ポストモダン」の構造的変動なのではないかと思う。上昇・拡大・増加・発展などのキーワードに象徴されるような「近代」の終焉が真っ先に日本に現象として現れてきている、ということではないかと思う。
 きのうのここのTVニュースで、上海からここまでリヤカーを引っ張って歩いてやって来た日本の若者を取材していた。ポルトガルまで行くという。しかし、帰りはさすがに飛行機で帰ると言ってスタジオを笑わせていた。この、何気なくさりげなく、遊び心で大きなことをやる「草食男子」もいる。インタビューを受けている態度もそのことばも、そこら辺のオタクと変わらないものだった。昔の「冒険男」たちとはずいぶん違う。
 少し前から考えていることだが、世界が大きく変わっていく、その踊り場に今の日本はあるような気がする。だからといって今後日本が世界の未来像だなどというおめでたいことを言いたいのではない。「近代」の終焉を演じ始めた現代の日本を研究していけば、おそらく世界が次に向かうべき方向――それは多分日本の今とも違うものだろう――の様々な可能性が見えてくるのではないかと言いたいだけだ。

2010年4月14日水曜日

日本人の腸

ノリや寒天、日本人は栄養に
 日本人の腸は、長いだけではないようだ。日本を出て3年しか経っていないしこれといって明確には言えないのだが、どうも日本で生まれ育った者とここの人たちとの腸は他の点でも色々異なるところがこれからも発見されるような予感がする。

井上ひさし逝く

井上さん逝く―築いた言葉の宇宙に喝采
 また一人、戦後日本は大切な人を失った。私の先生たちが次々と旅立ってゆく。おまえ、もうちょっと頑張れよ、と言いながら。

 私は幼い頃から、何か/誰かから逃げる夢を数多く見てきた。それは恐ろしいものだったり、巨大なものだったり、極めて困難な課題だったりで、その苦しみで夜中に目覚めることも数多くあった。
 ここ半年ばかり、その種の夢をばったり見なくなっていた。新しい生き方に慣れ始め、おや、これは穏やかな老境が待っているのかもしれないぞと半ば期待し始めていた。
 ところが、ここ1週間ほど、再び、邪悪な、巨大な、強力な敵に追われる夢が続いている。
 また昔の自分に戻りつつあるのか、と思いきや、分析してみると、実は、そうではない。
 以前の苦しい夢との違いは2点。ひとつは、最初から敵が敵として存在しているわけでなく、はじめは友好的であった存在が突如邪悪なものに変身し、突如私に襲い掛かってくる、というパターンに変わったこと。もうひとつは、極めて苦しい闘い(この苦しさ自体は変わらない)の末、最後に私は敵を倒し、自由を勝ち得たところで、ほっとして目が覚める、というパターンに変わってきたことだ。
 私は年を重ねるごとに強力な存在になりつつあるようだ。XD

2010年4月9日金曜日

誕生日!

今日は私の誕生日だった(そうだ)。思い出させてくださった本当にたくさんの方々、どうもありがとう!
ちなみに、今年の白眉は、
「駒田先生、お誕生日おめでとうございます。これからも300年、よろしくお願いします。」

「We remembered you fondly.」
だった。

2010年3月26日金曜日

THE MALE BRAIN?

A Mind of His Own

 そうだそうだ、と簡単に、それも多くの人が納得しやすい話ほど危険なものはない。その危険に警鐘を鳴らし、偏見を取り除くのが「知」の責任である。

2010年3月2日火曜日

ほんの小さなことども。

Sometimes the Smallest Things
 思い当たる人も、そして事も、多いだろう。
 そしてその小さな誤りの発見が、なぜ彼の心を温めるのか。彼はわざと書いていない。しかし、それは、それらの小さな誤りの一つ一つが、自分をこよなく愛してくれた人々についての、小さな思い出の一つ一つに強く結びついているからだ。
 家族だけではない。教育というものそのものにも、そういうものがあっていいし、またあるべきだろう。

2010年2月23日火曜日

中島敦「名人傳」

飛衞は新入の紀昌に命ずる。「先づ瞬きせざることを學べ」。紀昌がそれを会得すると今度は「瞬かざるのみでは未だ射を授けるに足りぬ。次には、視ることを學べ。視ることに熟して、さて、小を視ること大の如く、微を見ること著の如くなつたならば、來つて我に告げるがよい」と。それをも会得した紀昌は、初めて飛衞から射術の奧儀秘傳を学ぶ。
ここまでは、「射抜く」ためには「見抜」かなければならぬ、ということだ。何かを「為す」ためには徹底的に視なければならぬ、ということだ。
次に飛衞と紀昌が闘う。勝負はつかない。これは何かを「為す」ということでは、ある次元を超え出ることは永久にできぬことを意味する。
甘蠅は全く異なる次元の人である。「羊のような柔和な目をした、しかし酷くよぼよぼの爺さんである。年齡は百歳をも超えてゐよう。腰の曲つてゐるせゐもあつて、白髯は歩く時も地に曳きずつてゐる。」しかし、弓矢を用いずに鳶を落とす。「弓? と老人は笑ふ。弓矢の要る中はまだ射之射ぢや。不射之射には、烏漆の弓も肅愼の矢もいらぬ。」
何事かを為すということに必要な何物か、というものがこの場合は弓矢だとすれば、何事かを為すということ自体の地平がここで崩される。
甘蠅のもとで9年を送り山を降りてきた紀昌はもう二度と弓矢を取ることはない。何かを射るということを一切しない。つまり、何も為さない。
至爲は爲す無く、至言は言を去り、至射は射ることなし。

2010年2月16日火曜日

ブルガリア語‐日本語‐ブルガリア語フリーオンライン辞典

ブルガリア語‐日本語‐ブルガリア語フリーオンライン辞典の見出し項目数が20,000を超えた。立ち上げ以来2年足らずで、よくここまで来たとも思う。しかし、まだ「始まりの始まり」の段階に過ぎない。初学者にも使いやすい辞典にするためには、内容の充実・改善は言うまでもないことだが、見出し項目数も最低500,000項目は必要だろう。「100年計画」。やるべきことがまだまだ残っていて、退屈しなくていい。:)

2010年2月15日月曜日

Why Do Sled Dogs Run?

Why Do Sled Dogs Run?
 そうだ。犬たちはなぜ走り続けるのか。そして人も。私も。

2010年2月10日水曜日

死刑という問題

Record 85% favor death penalty
 85.6%というのは大変な数字である。ほぼ日本のコンセンサスといってもよい数字だ。年を追って凶悪犯罪が増加している、と日本国民の多くが考えている、という変数を考慮に入れても、調査の始まった1994年ですでに73.8%という多数が死刑を支持していたという事実は、日本国民が基本的に死刑という制度を支持し続けている、ということ、及びその基層に、時代の変化や社会状況やデマゴギーとは別の、何らかの問題が横たわっている可能性を考えなければならないことを示唆している。
 「馬鹿は死ななきゃ治らない」「死んでお詫びする」などの慣用表現が存在することからもわかるように、日本人は、管見では恐らく近世以降、一貫して独特の死生観を持ち続けているように思える。
 国際的にも多いとされる日本の自殺者の問題をも視野に入れれば、死刑制度の存続か廃止かという法的な側面で論じられる傾向の強いこの問題は、実際にはあの社会に住む人々の死生観から問い直す必要性のある問題であると思う。

過去を直視すること。記憶を手放さないこと。

 良書が出たようだ。
Book review: 'The Last Train from Hiroshima' by Charles Pellegrino
 人類には、絶対に忘れてはならぬ、直視すべき歴史がある。それが、いかに自分たちの虚栄にとって都合の悪い過去であろうと、だ。それは、たとえば、アメリカ人にとっての原爆であり、日本人にとっての、戦争中の数々の残虐行為であり、ドイツ人にとってのアウシュヴィッツだ。アメリカと日本は最も学習の遅れている人々だと思う。

2010年2月9日火曜日

決定不可能性という問題

 ある者のことばにどのような意味・意図が含まれているかを決定することは100%聞き手/読み手に委ねられている。ことばを発した者が、いやそういうつもりで言った/書いたのではない、と主張しても無駄である。最終的にその意味・意図を決定するのは原理的に受け手の側である。
 誰を信頼・信用するかに関しても、同様の問題がつきまとう。なぜ私でなくあいつのことばを信用するのだ、と腹を立てても、傷ついたとしても、それは詮方ないことである。それは、私があいつほど信用されていない、という端的な事実を表しているに過ぎない。
 価格は、売り手ではなく、買い手が決定するのだ。
 しかし、じつは、問題はそれでは終わらない。
 誰のことばを信用するかが徹頭徹尾聞き手の判断に委ねられているという事実は、逆に聞き手の側に関して言えば、誰のことばを信用するかによって聞き手の利益・不利益が左右される、ということでもある。
 私が誰かのことばを信じて、結果として裏切られたとしても、また自分のことばを信じてくれないからと誰かが私を見限ったとしても、それはすべて私の責任である。

2010年2月5日金曜日

one village one earth 日々の出来事

one village one earth 日々の出来事
St.Valentine's day Fair 開催中!
フェアトレードのお飲みもの
tsunami craft展 終了しました。

2010年2月4日木曜日

音節とモーラ(拍)

Sun MicrosystemsのCEO、Jonathan Schwartzが辞任表明をTwitterで行った際に、俳句、いやHaikuを発表した。
"Financial crisis
Stalled too many customers
CEO no more."
彼の苦渋や感慨はさておき、私にはとても面白かった。
この「作品」は、たしかに5-7-5のリズムで構成されているが、言われなければこれが俳句の形式だとは日本語母語話者の誰も気づかないだろう。俳句だと気づかない、というのは、取り立ててここで、文字が、とか、季語が、とか、情緒が、とかなどという馬鹿なことを言いたいのではなく、これが私に音節とモーラの違いを改めて感(拍)じさせてくれたということなのだ。
この5-7-5syllablesのHaikuを5-7-5モーラ(拍)の俳句のリズムで詠みかえるのに、私は3分ほど苦労しなければならなかった。つまり、syllableとモーラ(拍)とは、少なくともも日本語の話し手にとっては、似ても似つかないものだということだ。日本語のリズムから抜け切れない日本語母語話者が外国語を話す時のわかりにくさや、多くの日本語非母語話者の話す日本語の分かりにくさのうちの恐らく60%ぐらいはこの音韻のリズムの違いに起因すると私は思っている。

2010年2月3日水曜日

one village one earth 日々の出来事

one village one earth 日々の出来事
tsunami craft展が読売新聞で紹介されました。
St.Valentine's day
萌友のバッグが入荷!

2010年1月30日土曜日

one village one earth 日々の出来事

one village one earth 日々の出来事
tsunami craft展が神戸新聞で紹介されました。
“one village one earth 遊と講 vol.1 被災地と日本をつなぐクラフト”終了しました。

2010年1月29日金曜日

one village one earth 日々の出来事

one village one earth 日々の出来事
ルマガ創刊!
tsunami craft展 始まりました。
月刊one village one earth創刊!

2010年1月28日木曜日

2010年1月15日金曜日

DNAのジレンマ、に見えるが実はジレンマではないこと

セクシーなメスは損、ショウジョウバエ
 優秀な遺伝子は危険にさらされやすく、結果的に生き延びる可能性が小さくなる、ように一見見える。しかし、おそらく、実はそうではない。最終的には、そのような危険をも乗り越える強さをも兼ね備えた遺伝子が生き残りやすい、ということだ。

2010年1月10日日曜日

one village one earth 日々の出来事

one village one earth 日々の出来事

On being Foreign (in Bulgaria)

 今日のKarolinka In & Around Bulgariaは彼女の肉声が生き生きと聞き取れる、取り分け素晴らしい文章だった。彼女が取り上げたThe Economistの記事は後でゆっくり読ませていただく。

2010年1月8日金曜日

小澤征爾

Maestro Ozawa has cancer, cancels schedule through June
 世界を舞台に走り続けてきた、戦後日本を代表する芸術家の一人でもあり、また誰もが「小澤さん」とさん付けで呼びたくなるような魅力的な人柄で世界中の人々に愛されてきた。ここ数年の健康不安で心配していたが、ショッキングなニュースが飛び込んできた。
 しかし、不死身の彼のことだ。いつものようにニコニコしながら、ガンをも平らげてしまうだろう。心からのエールを送る。

2010年1月4日月曜日

VERLYN KLINKENBORG

Snowing Forward
On the Ice
 彼を冬を描くときに最も精彩を放つ作家だと思うのは私だけだろうか。それは彼が常に「他者」と向き合う志向性を持つ作家だからではないか。冬は最も他者性の高い季節だ。
 この短い二つの文章を見よ。コウモリ、ハタネズミ、キツツキ、そして氷上の孤独なスケーター。彼の筆にかかろうとかかるまいと常に確たる他者として孤高を保ち続ける存在たちと向き合うとき、彼の目は冴え、そして温かい。

2010年1月2日土曜日

明けましておめでとうございます。

 2010年は私の新しい人生が本格的に始まる年でもあります。読者のみなさんにとっても充実した年となりますように。